詰将棋入門(80) 飛車鋸往復の伏線

伊藤看寿 『将棋図巧』第43番 1755.3

打歩詰回避の伏線が奇想天外で美しい。

変化のある序で難度を高めている。
その中で74銀という手が出現していることが大切な演出だ。

77歩、同と、65銀、同玉、74銀、

打歩詰打開ではなく回避ものなので、退屈でも紛れに入って行かざるを得ない。
実はこの9手目27角がすでに失敗なのだ。

56玉、45龍、同玉、27角、

【紛れ図】

55玉に飛車でノキ王手をするしかないが、何処に飛車を振ろうが56玉で打歩詰の形。
48飛を選ぶがその意図は……。

55玉、48飛、56玉、45角、

打開する順は58銀を活用していくしかない。
46歩を突き、47銀とする余地を作る。

同玉、46歩、55玉、45歩、56玉、46飛、55玉、49飛、

そのためにはさらに事前準備が必要だ。
1歩補充の意味もあるが飛車の位置を動かす。

56玉、47銀、45玉、36金、同金、同銀、同玉、46飛、

これで捌けて下段に落としていける。
順調のようだが……。

35玉、26金、34玉、36飛、43玉、32飛成、44玉、35金、53玉、

【失敗図】

53玉で打歩詰の形だ。
これで行き止まり。
下辺は綺麗に捌け、作意に間違いなかろうという手応えを感じていたのに怖い蟹。

なんと9手目から深遠な伏線手段があったのだ。

作意に戻る。

9手目より。

18角、

27角ではなく18角と離して打つのが妙想(1手だったら妙手だが一連の手段なので妙想とした)の皮切りだ。
さらに48飛ではなく、離して打ったその間隙を利用して27飛とする。

55玉、27飛、

46歩合の変化もあるが省略する。
打歩詰にならないように一方の角道を塞ぐことで、飛車を小さく小さく動かすことが可能なのだ。

45玉、37飛、

55玉、36飛、


45玉、46飛、

55玉、45飛、

これ以上は飛車は進めない。
ここまで近づいた意味が判明する。

56玉、65銀、

74銀を消去した。
これがいかなる影響を及ぼすか、紛れ順に進んだ諸兄にはお解りのことだろう。

同香、46飛、

飛車はなんと来た道を戻っていく。

55玉、36飛、

45玉、37飛、

55玉、27飛、

45玉、28飛、

これで元の28飛まで還った。

ここからは先の紛れ順で予習した手順に入る。

55玉、48飛、

一度通った道なので、どんどん進める。

56玉、45角、同玉、46歩、55玉、45歩、56玉、46飛、55玉、49飛、

56玉、47銀、45玉、36金、同金、同銀、同玉、46飛、35玉、

いよいよ飛車鋸往復の伏線手段の効果がまもなく表れる。

26金、34玉、36飛、43玉、32飛成、44玉、35金、53玉、54歩、

74銀がいなくなったので、54歩と打てた。
これで主題のナラティブは終了。

ここからは例によって、主駒の飛車角を見事に捌いていく。

63玉、64歩、73玉、74歩、83玉、82龍、

あっという間に角も消える。

同玉、63歩成、93玉、82角成、

手数は短くはないが、飛車角を綺麗に消すおそらく最短のまとめだろう。
自然に仕上がっているのが恐ろしい。これぞ神業といえよう。

同玉、73歩成、92玉、83銀、93玉、82銀不成、92玉、93歩、同金、81銀不成、同玉、72と右、92玉、82と寄まで85手詰

48飛、45角といった好手を散りばめ38手も進めた所で突如現れる行き止まり。
この局面を回避するために角の遠打から細かい飛車の動きで65銀、同香の2手を実現し、再び28飛から進行するという完璧な伏線手段。
なにが起こったのか痕跡も残さぬすっきりと捌けた詰上がり図。

この飛車鋸の類作はあるのだろうか。
筆者には、一つも思いつくことができない。
飛車鋸に絞らずとも、これほどの長手数の伏線手段(その手順を経なくても進めることができる)を実現した作品でさえ、ちょっと思いつかない。

名作だ。

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