伊藤看寿 『将棋図巧』第97番 1755.3
初形を見れば作者が何を喜んで欲しいかは直ぐ解る。
門脇芳雄は看寿が「年十三、贏局の図を作る。今此の巻尾に在り。」というのは本局のことではないかと推理する。
玉方の持駒は歩だけ6枚。
53龍、52金左、同桂成、同金、
間駒がないので、53龍には桂馬に取られるのが分かっていても金を差し出すしかない。
どちらの金でも同じこと。
次はどこから攻めるか。
62金、同銀、81飛成、同銀、43桂、
83飛が81桂を質に見ている。
左右は銀が守っているので、桂馬を入手するのが正解。
さて、43桂に左右どちらに逃げるのが正しいのか。
61玉と左に逃げると……
72角、同銀、同歩成、73歩、
【変化図】
これでしびれている。
同玉なら74金~83金と金が上がってくるし、同銀ならば52龍と持駒に金が追加されるのであとは並べ詰め。
したがって43桂に玉は右に逃げる。
41玉、31桂成、同玉、32銀、
31玉の局面が本局で一番悩むところだろう。
32銀か22角か22銀か。
正解は32銀で同玉は52龍で金1枚で詰むから当然22玉と躱すが……。
22玉、31角、12玉、21銀不成、同玉、22角成、同玉、33角成、
角も投資して桂馬を入手し33角成を決める。
もう収束間近に見えるがまだまだここから粘る。
21玉、32馬、同玉、44桂、
21玉(31玉でも同じ)に歩が利かないので32馬から44桂と打ち替える。
今度こそ終わりに見えるが……。
22玉、52龍、33玉、34金、同銀、32龍、44玉、
34龍、
22玉からぎりぎり上部に逃げ出す。
作者の立場にしてみれば、このまま右辺で収束させることはできないのだ。
なぜなら一段目の初形が狙いの作品である以上、一段目の配置がただの飾り駒だったという訳にはいかない。
91香がまだ存在意義を示していないのだ。
作者はここから中段を移動させて左辺に持って行き、91香が必要駒であることを示すに違いない。
55玉、54龍、66玉、57龍、76玉、
玉を大きく動かすには龍で追うのが最も効率的だ。
65銀、同玉、56龍、64玉、65歩、73玉、76龍、82玉、
持駒の金を銀に替え、その銀を捨ててテンポ良く左辺に玉を移動させた。
83歩成、同玉、84と、82玉、93香成、同香、同と、同玉、
91香を入手して、これで初形一段目の駒がすべて意味づけが終了した。
94香、82玉、83歩、同玉、74龍、82玉、
もう収束である。
93香成、同玉、84金、92玉、83金、91玉、
92歩、同銀、同金、同玉、83銀、91玉、94龍、81玉、92龍、71玉、72龍まで77手詰
配置駒はほとんど捌け、すっきりした詰上りまでもってきたのはさすがである。
瑕疵としては収束で46手目の途中図があるが、ここから93香成のタイミングが限定されていない。
作意は51手目だが、47手目93香成でもよいし、49手目でもよい。
谷川浩司『将棋図巧』は余詰についてはよく調べてあるが、この順の記載はない。
53手目には合流するので、手順前後の瑕疵と判断したのか?(それにしても書いておけば悩む人がいないのに)
さらに詰上がり図に唯一残っている11香の意味について補足しておこう。
この香はそのままなくして玉の持駒にしたら不詰となる。
2手目に香合されてしまうからだ。
(96の配置がと金ではなく成香なのは、この理由だろう。)
さらにもう一つ存在理由がある。
【紛れ図】は作意13手目32銀のところで22角とした局面。
【紛れ図】
以下、同玉、33角成、同桂、52龍、32金と進む。
【失敗図】
これで不詰だが、もし11香がなければさらに12金と送りの手筋で早詰となる。
(33角成として21銀を準備している。)
この12金を防ぐ意味が11香にはあるわけだ。
贏とは「勝つ」という意味だから詰将棋の意味。
本局はまさに将棋に勝つという感じがする。
初形には驚かされるけれど、手順は驚くほどの内容はなく、所詮は作図技術自慢に終わっている。
そういう理由で、筆者も門脇説に1票を投じておこう。