長編詰将棋の世界(2) ウマノコさんの出世作

新連載第1弾は2010.1から3年半続けた詰パラ大学院での解説の再録です。
作意・変化は棋譜ファイルをダウンロードしていただくことにして省略します。
短評は詰パラ掲載時より増量します。(名前は伏せません(^^))
解説文は元に戻したり、削ったり、増やしたりする予定。

馬屋原剛「槍の帝王」 詰パラ2010.1


棋譜ファイル

☆伊藤正「\(馬\times 馬\)」という作品がある。馬がひとつ鋸引きをする間にもう一枚が馬鋸をするという傑作だ。本作はいうならば「\(馬\times 王\)」。馬鋸が一つ動く度に攻方の玉がはるばる旅をしてまた戻ってくる。雄大な趣向だ。この構成は本邦初。

☆この趣向、思いついてもその実現は困難だ。馬の王手はいわば「強い」王手。強力な馬が暴れ出すのを押さえるためには守備も強くなくてはならない。一方、王が移動するために使う手段は香の空き王手。実に「弱い」王手だ。守備駒が強ければすぐに不詰に陥ってしまう。この矛盾した要請に対し作者が出した解決策が、二枚のと金であり、間接的に効く13飛23飛の配置であり、合駒なしという極限状況だ。

☆それでは具体的に手順を追って、この作意成立の仕組みを見ていこう。

☆ほぼ絶対の初手44角成に対し62と上は11飛成があるので寄。馬を活用するには54馬であるから、玉を81に移動させたい。そのために78王の活躍が始まる。84王に対しても82玉と頑張ると93香成があって逆効果。かくして81玉に54馬が実現する。

☆次は44馬と行きたいから、玉は71に誘導したい。そのためには8、9筋は香を開放したい。すると王の移動先は…と探してみると、もとの古巣の78しかない。かくして王の逆戻りが始まる。今度は守りのと金が近くにいるのでやっかいな変化も生じる。例えば96玉に対して83と、78王に対しても83とがある。(変化はweb版では省略させていただく。不悪)さて、この繰り返しで馬ははるばる18歩を入手して戻ってくる。

☆収束は54馬から始まるのだが、その前に一工夫。玉を近付けた後に94玉、92玉、83香成としておく。ここで54馬なら63に合駒せざるを得ず、63角、同馬以下収束手順になる。

☆ここで読者はこう考えるはずだ。ん、それならば馬をわざわざ近づける意味はどこにあるのだろう。
☆ご尤もな疑問である。63角合でなく63とと合された時の変化がその解答だ。つまり馬鋸の往路は持駒増強のため、復路は変化伏線と言うわけだ。

加賀孝志 無念、時間切れです。
須川卓二 ユーモラスな記録作がなぜ解けない・・・
小林 巧 かなりツツいてみたんですが詰ます事出来ず。”ユーモラスな記録作”って何だろう?
竹中健一 趣向手順は分かりやすかったが、収束の入り方が難しかった!
小林 徹 「柿の木」はギブアップ。棋友はこれを解く。
出﨑 守 馬を動かすたびに攻方玉を前後に動かすとは思うんですが、収束が分からず、今月は忙しいので解図を諦めました。攻方玉の移動回数の記録作でしょうか。

☆本作、正解者わずか15名。難しかったのは収束の入り方だったようだ。筆者もこの作品を初めて見た時、そこで悩んだ。11金がいかにも収束のための質駒に見えてくるのだ。

☆実はその時作者が目の前にいて、「94玉~83香成として72への効きを増やすんですよ」と教えてくれた。成程成程そいつは理に適っていると納得したので、うっかり本作の難易度を見誤った。「ユーモラスだが骨あり」にしとけば良かったようだ。ごめんなさい。

☆皆さんが苦しんだ紛れについても詳述したいが紙幅が足りない。一つだけ。

永島勝利 収束で72香成、同と、11飛成、41香と決めてから王を下に移動して78王、71玉、44馬、62と、72歩以下の249手詰かと思ったが、途中87王のときに82玉として97王に83との妙防があり、以下64馬、93玉、87王、94とと際どく詰まないようだ。249手詰の順がなまじ持駒を使い切るので、この筋にこだわってしまい、はまってしまった。94玉から83香成があることに気付いたのが大晦日の22時過ぎ、それから変化等を調べ、作意らしきものにたどり着いたときには年が変わっていた。奇しくも院1が2009年最後の解図で、院2が2010年最初の解図となり、大学院で年越しと相成りました。

作者 攻方王の移動回数86回の記録更新が狙いです。今迄の記録は森茂氏の29回だそうです。王が遠ざかる意味付けはシンプルながら気に入っています。52角の配置で王の軌跡を限定させたのが工夫です。

☆作者は記録更新を創作の動機付けに利用している。完成した作品は、記録はあくまで付加価値、軽快かつ重量感のある趣向、心揺さぶる傑作だ。

☆B評価は「収束すっきりしないのは仕方ないんでしょうね」という声だった。馬の通路で収束するしかないという状況は確かに厳しい。しかし、作者にはその上を期待されているのだろう。

詰鬼人 玉の上下移動による開王手に、馬鋸を組合わせるというのは面白い構想です。
福村 努 確かに面白い構想です。
今川健一 お正月、初詣?、いいえ、お百度参りです。境内では、流鏑馬神事もありました。
野口賢治 馬鋸と王鋸の複合プロットで2歩入手するまでは長いけれど先に楽しみがあるので退屈はしない。その収束では共に最前線に立つことが必須条件で83香成以降の応手次第では待機の13飛が縦横に動く構成もよく練られており期待を裏切らない。
増田智彬 王による王手回数の新記録でしょうか?題名はぴったりですね。
三宅周治 王と馬の「ダブルのこぎり」ですね。
作者 元から考えていた名前は「覇王」だったのですが、最終的にハリーポッターの「闇の帝王」に響きを似せて「槍の帝王」と名付けました。

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