詰将棋雑談(76)への指摘など

メールやブログでいただいた指摘などを紹介します。

Iさんからのメール

小泉さんの趣旨と違うのかもしれませんが「14桂、21(23)玉、32角打」で検索しました。

ということで表をいただきました。

ちなみにオイラが検索した結果は下の表です。

作者 発表誌 発表年月 手数 完全性 盤面駒数 持駒数 使用駒数 玉位置
1 北原義治 詰パラ P013 1956年5月 27 余早詰 2 6 8 (1;1)
2 北原義治 詰パラ P021 1956年7月 33 3 8 11 (1;1)
3 近藤孝 近代将棋 P83 1961年10月 41 15 3 18 (7;6)
4 岩木錦太郎 詰パラ P41 2437年9月 33 6 4 10 (1;1)
5 近将編集部 近代将棋 P106 1966年2月 13 3 2 5 (2;2)
6 北千里 詰パラ P42 1980年4月 35 9 1 10 (2;2)
7 近将編集部 近代将棋 P181 1987年6月 15 4 2 6 (1;2)
8 土屋交弘 近代将棋 P150 1991年4月 25 4 5 9 (2;1)
9 近藤真一 詰パラ P018 1994年7月 35 7 0 7 (3;3)
10 加藤徹 詰パラ P27 200008 35 1 11 12 (1;1)
11 高木秀夫 詰将棋パラダイス P101 200105 31 9 0 9 (1;2)
12 河原林隆彦 詰将棋パラダイス P15 200301 29 5 4 9 (1;1)
13 新田道雄 詰将棋パラダイス P25 200411 23 3 5 8 (2;1)
14 金子清志 詰将棋パラダイス P033 200712 17 5 1 6 (3;2)

大体一致していますが、北原作1作と市島作がオイラの検索には抜けていますね。
詰棋通信の分はT-Baseには収録されていないので(オイラが買っていないだけ?)かないませんね。

なお、北原作の元図に「51歩」があったと雑談(76)にありますが、正しくは「61歩」です。

これはうっかりしました。

23玉では「レ」を付けた2件がありました。
第1号が平松作、2号は植田作、北原作は3号ということになります。

「14桂、2(1|3)玉、32角」の第1号局と第2号局を紹介します。

平松繁治 将棋世界1954.5

14桂、23玉、32角、24玉、23角成、同玉、
22飛、14玉、25金、同角、26桂まで11手詰

植田尚宏 詰棋界1955.8

22桂成、同玉、14桂、23玉、32角、12玉、
21角成、23玉、32馬引、12玉、34馬、同銀、
22馬まで13手詰

最初に「趣旨と違うのかもしれません」とありましたが、雑談76でとりあげたのは34桂と打ちたい局面で34角の余地を残すために14桂と打つ手順です。
上の2局はそれとは違いますね。(あの記事のタイトルが略しすぎなのですが)
でも、これで北原作が第1号局という感触が強まりました。ありがとうございます。

ところがその北原作に次の指摘が。

Mさんからのメール

別件ですが、「14桂のルーツを求めて」の北原作は不詰(12手目32玉)と、
tetsuさんがおもちゃ箱の詰将棋メモに書いていました。

げげっ、詰将棋メモは毎朝読んでいるのですが、その記事は記憶にありません。
あわてて読みに行くと…………

詰将棋メモ(2022.4.29)

北原作は不詰か。独楽のうたに再修正図があるが、こちらは早詰。
裸玉なら私の 11玉・角金銀4桂3歩歩 もある。

確かに32玉、22角成、43玉で詰まないようです。
土屋作でもその変化が一番の難所なので北原義治なら抜かりはないだろうと確認しませんでした。
(T-Baseは機械で解いた解答ではないかという手順が作意に登録されていることもあれば、不詰なのに作意が登録されていることもある)

すると結局第1号局は近藤孝作になるのかな。

加藤徹作を紹介します。

加藤徹 詰パラ2000.8

23手目に14桂が登場します。

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