百歌仙というのはちょっとひっかかる。
百だったら連歌じゃないのだろうか?
歌仙といえば36と決まっていると考えるのは、それこそ門外漢だからか?
パソコン通信の時代に、「歌仙を巻くからおまえも参加しろ」と言われて参加したことがある。
歌仙とは連句という遊びの一つの形式のことで松尾芭蕉が大流行させた遊びらしい。
何人かで順番に575,77、575、77……と詠んでいく。
最初の575を発句という。
最後の77を挙句という。「挙句の果て」の挙句だ。
575、77で一つの世界を作らなくてはいけない。
そして次の77,575ではまた別の世界を作らなくてはいけない。
さらに「月の座」「花の座」というものもあり、この順番に当たると月とか桜を織り込む条件が付加される。
他にも発句の季語によっていろいろ条件がきまってくる。
難しかった。
もっとも詰将棋の課題のように条件が決められるから作りやすいという意味もある。
全部で35の世界を作るのだが、全体でまた一つの作品と考える。
あまり面倒な世界が続いたら軽い句も必要になる。
これを遣句という。
このオーケストラを指揮していわば即興の作品集を編纂するのが宗匠(そうしょう)の役割だ。
歌仙において宗匠の権力は絶大で、「没」と作り直させたり、改作したりすることができる。
松尾芭蕉はこの歌仙の宗匠として絶大な人気を誇ったらしい。
だって松尾芭蕉が宗匠をする歌仙に参加したら、自作がその作品集に載る。
それも松尾芭蕉が添削したり改作したりしてくれるから、自作とは見違えるほど素晴らしい完成品になって、でも自作として名前が載るのだ。
これは松尾芭蕉を呼びたくなるよね。
たくさん謝礼払っても、もちろん交通費も払っても、来てもらいたいよね。
こうして松尾芭蕉は旅をし続けていたんだね。
詰将棋でも実力があり、人気が出れば、松尾芭蕉のように全国行脚することができるのではないだろうか。
各地の集会に宗匠として参加すると、なにか課題を出す。
その課題にそって参加者が詰将棋を作る。
すると宗匠が参加者が作った素朴な5手詰を不利逃避をテーマにした17手詰に改作してくれる。
7手詰を提出すると、不利間駒を繰り返す29手詰に改作してくれる。
そして会合が終わると36局の作品集が出版され、そこに自作として掲載されるのだ。
7回分集めて「七部集」としてもよい。
参加費が多少高くても、参加するでしょ。
だれか詰将棋界の松尾芭蕉、やってみませんか?
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