三代伊藤宗看『将棋無双』第91番 1734.8
「守備駒の利きを強めて取歩駒を発生させる」というカテゴリーの小分類になるのだろうか「成らせ物」は。
しかし手順を並べていただければわかるように宗看の関心は打歩詰の新しい回避手段を開発するというより、その実現方法–演出にあるように思える。そこでタイトルに「驚愕の」を追加してみた。
最下段まで潜り込んでいる玉。
初手は58銀、78銀、79金ぐらいしか思いつかない。
58銀は59玉ともぐられて、すぐに王手が尽きる。
それでは79金は…
79金、
59玉、58金打、49玉、
【失敗図】
一直線に横に逃げられて絶望形である。
もう1枚金が残っていれば48金打で押し潰せるのだが…。
ということで、初手は金を温存する78銀と決定する。
78銀、
59玉は金が2枚残っていれば大丈夫。
同成香、79金、
気の利いた複合捨駒だ。
今度59玉ならば58金、同玉、57龍、49玉、48金で押し潰せる。
同成香、68金、同玉、58金、69玉、
68金、同玉、57龍、77玉、
79に成香を押し込めて無力化すればこちらのものだ。
57金の原型消去も綺麗に入り軽快に進行する。
69桂、同成香、78歩、87玉、
気がついたらカナ駒は使い果たしている。
しかし玉もかなり追い詰めることができている。
あと一歩。96玉に85銀までの詰みがもうすぐそこだ。
しかし、ここからが宗看の仕掛けた謎の中心部なのである。
76馬、
持駒は桂馬しかないので、ここは馬を切るしかない。
同玉、
素直に66龍か、もしくは98馬か。
66龍、87玉、77龍、96玉、
【失敗図1】
打歩詰だ。これは失敗。
それでは19手目に戻って98馬では。
98馬、
合駒や86玉は66龍の1手詰なので
75玉、65馬、86玉、66龍、97玉、
【失敗図2】
またもや打歩詰。
さて、いよいよ作意を進める。
【再掲図】
16手目の局面に戻る。ここからの5手に注目!
99桂、同歩成、
質駒の役割しかしていなかった玉方98歩をわざわざ成らせて守備を強くした。
76馬、同玉、98馬、
わざわざ自分を取る駒を用意してから98馬!
なんと不思議な手順だろう。
もちろん紛れを確認済みの我々には意味がわかる。
99桂、同歩成は【失敗図2】の打歩詰に備えた手だ。
もし、75玉なら75玉、65馬、86玉、66龍、97玉、98歩、同と、75馬以下詰みだ。
同と、66龍、87玉、77龍、96玉、
もちろん98馬は同とと獲られてしまう。
しかしその結果、【失敗図1】と似て非なる局面に辿り着くことができた。
97歩、同と、76龍、86香、85銀まで31手詰
攻方の手順は当然ながら攻方に有利なはずなのに、一見玉方に利しているように見える手順。
実戦では起こりえないような夢のような手順を盤上に展開してみせるのが詰将棋の楽しさだと改めて思う。
夢のような手順を思いついても、それを実現するには理論が必要だ。
本局の場合は98と97の両地点における打歩詰がカラクリの種なのだが、実に自然な配置で実現している宗看の素晴らしいセンスに感服する。
本局を鑑賞していて疑問に思ったのは1つだけ。
それは玉方52龍の配置だ。
作意には関係しないので余詰防ぎの駒だろう。
しかし有力な余詰筋は99桂を省いて76馬、同玉、98馬、75玉、55龍…の筋と、13手目66歩、67歩合、76馬、同玉、67馬、75玉、85馬…ぐらいにみえる。
だとしたらどちらも玉方54歩程度で消せそうだ。
飛車が使えたら宗看のことだからもっと派手派手な序盤になったように思うのだが。