詰将棋入門(88) 歩頭に角の遠打

伊藤看寿 『将棋図巧』第66番 1755.3

手数は長いが、狙いは序盤の一手のみ。

まずは作意を追っていこう。

初手は龍を取るしかない。
19飛があるので18玉も仕方ない応手だ。

38銀、18玉、19香、同玉、

19に引き寄せて29飛を打ちたい形。
ここまでは順当だ。
しかし、後で詳しく見るがここで29飛では詰まない。
本局狙いの一手が出現する。

82角、

この局面、29飛と角を手駒に温存して攻めるのも有力だし、角を打つにも他に打つ場所はいくらでもある。
それなのにわざわざ歩の頭に角を打つ。
これが作者が表現したかった一手だ。

同歩、29飛、18玉、81馬、

歩を吊り上げた意味は、ここで解る。
81馬を同飛と取られないように82歩という存在を造ったわけだ。
これは形式としてはウムノフ(取らず手筋)である。
しかし、81馬が捕られずにすむという利益が顕著に見えるので(見えるだけだが)、解答者は遠打の華麗さの方に目が奪われることだろう。

27歩、19歩、17玉、27馬、

27飛としたいが、16玉で後続手がない。

同桂成、同飛、16玉、28桂、15玉、17飛、24玉、

さて、ここからは長大な収束になる。

14飛、同玉、25金、13玉、12と、同玉、22歩成、同銀、23金、

14飛も他に手はなく妙手とは言い難い。
その後も駒交換を繰り返すだけである。

同銀、同銀成、同玉、24歩、33玉、43金、22玉、

19歩が残っているので1筋に歩が利かない。
これが収束を短く切れなかった原因かもしれない。

32と、11玉、22銀、12玉、23歩成、同玉、33金、12玉、

ここは21銀不成の手もある形だ。
それでもここまで捌いたのは看寿の底力と言って良いのだろう。

11銀成、13玉、12成銀、同玉、22と、13玉、23金 まで51手詰

さて、これで一通り作意をみたが、これだけでは「82角の一手が狙いなのに収束がだらだらと長く51手にもなってしまった作品」となりかねない。
看寿は収束捌く作風と受け取る方もいるかもしれないが、狙いの仕掛を消し去るのが眼目なのであって、本局は82歩・88飛などがそのまま残っており右下も含めて綺麗に捌けたとはいえない。

そこで、構成のバランスを崩しても実現したかった「82角」について、蛇足ながら解説を加えたいと思う。

さて、なぜ82角でなければいけないのか。
これは難しくない。
82飛車の効きを止めるためだ。

仮に73角とすると46歩合とされる。
以下、29飛、18玉、81馬、同飛だ。

82角に46歩なら同様に攻めて同飛と獲れない。

かくして作意9手目81馬が実現して詰むことになる。

【作意9手目】

しかし、まだ鑑賞としては足りない。

角を捨てて81馬を実現するとは矛盾ではないか?

この疑問を持たなければいけない。
82に捨てるのが銀や飛車だったら矛盾はない。
でも、角なのだ。

不思議さに気付いていただけたであろうか。

81馬と81-18ラインで王手をしたいのであるならば、持駒の角を63角とでも打てばいいではないか。

5手目より29飛、18玉、63角
としたのが【紛れ図】だ。

【紛れ図】

27歩合なら同銀、17玉、26銀、16玉、25銀引以下あっという間に詰む。
81-18ラインに成ることができる角が効いていて、さらに92馬も健在なのだから、ある意味当然だ。

しかし、【作意9手目】は詰み、【紛れ図】は詰まない。

そのように「創ろう」と考えれば、課題は明らかだ。
角と馬の差異を利用するしかない。

看寿の解答はこうだ。

【紛れ図】は以下17玉、18歩、同桂成で不詰

【不詰図】

作意で17玉の変化は、18歩、同桂成、71馬以下詰む。

【変化】

しかし、難しいのは「創ろう」と発想することなのである。
凡人は「それは矛盾している。実現不可能だ」と切り捨ててしまうのだ。
もしくは「矛盾した実現不可能な構想」をいつまでもいじくり回していたりする。

さて角と馬の差異で紛れと変化を区別すると言っても実際には簡単ではない。
紛れは18歩、同桂成で不詰になるためには、変化では18歩で詰まなければいけない。
次の図は18歩に16玉と逃げた変化図だ。

【変化図】

27銀、同桂成、同馬、15玉、26馬、24玉、36桂、13玉、12と、同玉、22歩成、同銀、24桂打、同金、同桂、13玉、12金、24玉、25馬まで31手詰

【変化図】

難しい手順ではないが収束が独立に作れる物ではなく、様々な条件を満たす必要があることが解るだろう。
看寿にしても手こずってこのような長い収束になってしまったのではないかと想像する所以だ。

門脇芳雄『詰みや詰まざるや』では指摘されていないが、本作には余詰がある。
3手目19香ではなく19歩と香を温存して早く詰む。

3手目より
19歩、17玉、18香、同桂成、同歩、同玉、
16飛、17歩、29銀、27玉、38角、37玉、
47馬 まで15手詰


(追記)2020.11.30
岡本さんから教えていただきました。
駒場和男氏から「攻方16桂を配置する」という補正案が提案されています。

「詰将棋入門(88) 歩頭に角の遠打」への2件のフィードバック

  1. 柿木将棋に同梱された図巧では、「補正図=攻方1六桂を追加する。(駒場和男氏案)」となってますね。
    16飛の手をなくすという点は同じようですが、香ではなく桂なのは見た目の美しさからでしょうか。

    1. 以前も教えていただいたのに確認しませんでした。
      柿木の付録の「図巧」は丁寧に作られているのですね。
      (マイナビの付録ときたら……)

      駒場案があるのなら私の案は出す意味がないので書き直します。お教授ありがとうございます。(いつもいつも!)

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