詰将棋の世界 齋藤夏雄 日本評論社 2021.3.25
『数学セミナー』に詰将棋の連載が毎月2頁というニュースも驚いたが、それが本になって出版されるとはまたまた驚いた。
『数セミ』の読者は高校生から大学生が主流だろうから、この連載から新しい詰将棋作家が大勢現れることが期待できる。しかも場合によっては指し将棋を知らずに直接詰将棋に跳び込んでくる純粋培養の作家の登場も期待できる。数年後が楽しみだ。
しかもそれが本になるというのだから、その連載が好評で書籍化しても売れるという手応えがあったということだろうから喜ばしい。
元々が『数セミ』の読者を想定に書かれた本だからだろうか、その構成は非常に攻めたものになっている。
目次を見て頂こう。
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第1章 詰将棋
詰将棋の歴史
詰将棋の定義1~4
無駄合1~2
詰将棋とコンピュータ1~2
第2章 将棋の禁じ手をめぐって
詰将棋と打歩詰1~8
詰将棋と二歩
詰将棋と行き所なき駒
詰将棋と連続王手の千日手
第3章 盤上のサーカス
将棋盤をキャンバスに1~2
駒が動く面白さ1~2
ここしかない!1~2
懸命の延命1~2
第4章 フェアリーの楽園
最善と最悪1~2
安南詰と安南協力詰
レトロ
謎の駒
広大なフェアリーワールド
第1章では、詰将棋のルールについて少し詳しく説明しました。書店の将棋コーナーに行けば詰将棋の本はたくさん置いてありますが、ルールについては1頁程度であっさりまとめてあることがほとんどです。
普通の本が1頁ですます内容を、30頁も使っておいて「少し詳しく」とは奥ゆかしさにも程があるというツッコミは置いておいて、さすが数学者の書いた本と言えるだろう。
パズルと称するにはきちんと定義をはっきりさせる必要がある。
だから本来は本書の様に正面から取り組む方が遠回りの様で実は正しい道なのだ。
しかし、多数の類書がそこを1頁で済ませるのは、読者が喜ばないからというよりは、面倒だから避けたいという方が多分本音である。(だから誠実な著者の本は少なくとも数頁かけている)
なぜ面倒なのかは、詰将棋のルール論争で書いたが、グレーで可変な部分が多いのである。
だからこそ、第1章をまるまる使って、ルール問題に正面から切り込んでいった齋藤夏雄は流石である。
内容もとても分かりやすく、全詰連から独習指定文献に選ばれても然るべきしっかりした内容だ。
(個人的には「このような歴史を経て現在は解決した」という雰囲気はどうだろうと感じた箇所もあったが)
そして第2章ではいきなり打歩テーマである。
定義をすませたら、いきなりこのパズルの広がりの境界線まで話はすっ飛んでいく。
「打った駒を捨てた方が味わいがある」とか「序盤で活躍していた駒がいつのまにかに邪魔駒になっていた意外性」というような情緒的な内容は綺麗さっぱり削ぎ落とされている。
この点に不満を持つ読者もいるだろう。
おそらく、そのような人間の心理を扱った内容は、芸術面の要素が強く、例えば文学といった分野でも相似な内容は表現できる。『詰将棋の世界』という表題に忠実ならば、詰将棋の寄って立つ土台である将棋のルールという規定の中で特有に成立する面白さに焦点を当てるのが正しいのであろう。
第3章で情緒的な「曲詰」や「翻弄」、理知的な「限定打」というトピックを取り上げるのであるが、私の記憶が正しければ、この第3章は『数セミ』連載時にはなかった。書籍化に際して書き加えた内容であると思われる。
連載時はもっと先鋭的であったということだ。
そしてその先進性は第4章に表れる。
目次から想像できると思うが、プルーフゲームから透明駒まで紹介されている。
例題にたくぼんさんのアンチキルケ協力詰が登場している(^^)。
さて、目次の各項目はトピックの説明に作品例を2局(ないしは1局)を解説し、関連する(しない場合もある)ヒトケタ詰将棋2局を出題形式で考えてもらうという形で構成されている。
月2頁の連載スペースの都合もあるだろうが、これは大変な作業だ。
考えてみて欲しい。例えば第2章打歩詰3のトピックは「飛先飛香」だ。
数ある飛先飛香の名作からたった2作を選ぶのがどれだけ大変か。
(因みに飛先飛香は解説に行数を使っているので実際に選ばれているのは1作だけである)
著者はこの選定作業に毎月どれだけ苦しんだことだろう。
そしてそれはなんと贅沢な苦しみであったことか。
その結果、本当に贅沢なアンソロジーが誕生したといえるだろう。
数学の問題集でも、問題数が多いほど良い問題集ではない。
毎年入試問題で一応の「新作」が大量に発表されるのだから、1000題の問題集を作ることなど容易なのだ。
マニアなら別だが、初心者に必要なのは選び抜かれた100題の問題集であり、その100題を選ぶのは大変な作業なのである。
例題が約60局、ヒトケタ作品が68局。
合計120局余りの本書は、正しく入門者への最適のアンソロジーである。
まず購入しない手はない。(マニアも)
『詰将棋探検隊』の役割は、当面はこの『詰将棋の世界』が担うことになるだろう。
紹介する1局は、最後の最後に1局だけ紹介されていた著者の作品。
斎藤夏雄 『詰将棋の世界』第68問 将棋世界 2003.2
祝!重版出来!
「詰将棋の世界」、増刷が決まったとのこと。これまで見つかった誤記・誤植を直す機会が得られたのはよかった。もっとも、買ってくれるような人はもうだいたい買ってくれただろうから、直しても今さらという感じもあるけど。
— Natsuo Saito (@natsuo1973) April 14, 2021
既に持っている人のための誤植情報はこちら
Tweet「詰将棋の世界」、現時点で分かっている誤記・誤植まとめ:
p.3下段2行目および索引、「宗看」を「宋看」と誤記
p.58の図3、攻方61とが反転
p.171下段9行目、「1七馬」を「1七角」と誤記
p.201下段14行目、「詰み」を「罪」と誤記
p.219上段7行目、「4六馬」を「4五馬」と誤記— Natsuo Saito (@natsuo1973) April 2, 2021
閉鎖的とは言いませんが、そう簡単ではないと思われている詰将棋創作へ、全く別の扉が開かれたように思います。
羽生九段の「高速道路理論」が詰将棋界にも波及してくるような感じでしょうか。
この本から詰将棋の世界に入ってくる人がデビュー作からとんでもないレベルの作品を発表したりとか、想像が膨らみます。