酒井克彦『からくり箱』第17番 近代将棋1964.9
酒井克彦第3弾。
持駒は金気3枚で線駒はない。所謂”手筋物”の顔をしている。
盤面の59飛が唯一の大駒だ。おそらくこの飛車を捨てて幕となるのだろう。
この予想通りの作品なのに、解答者の8割が誤解したという伝説の作品。
初形をよく見ると、これは初手は銀打ちだとわかる。
なぜかというと。
36玉と逃げられたときに金2枚が必要だからだ。
上の図は仮に28銀に36玉と逃げたときの変化図だ。
しかし初手は28銀という平凡な手ではないだろう。
28銀には38玉と躱す。
今打ったばかりの28銀が邪魔をして、28金と打てない。
すぐに捌いていこうと試みても……
39銀、同銀不成、
【失敗図】
39銀に37玉と戻られても届かないが、同銀不成がわかりやすく失敗とわかる。
というわけで、初手は軽い捨駒から始まる。
38銀、
とれば1手詰なので18玉の一手。
続いて28金などと迫ると…
18玉、28金、19玉、
28金が邪魔駒になっているのがわかる。
59飛を活用するには28歩と開き王手するしかないのだが、28金のお陰でそれができないのだ。
そこで、3手目も軽く捨駒が続く。
18玉、19金、
これで59飛の出番が回ってきた。
(19)同玉、28歩、
手駒の残りは金1枚。
でもこれは詰将棋を少しでも嗜んだことのある向きには見たことのある風景だ。
59銀成、29金まで7手詰
【変化図】
いやいくらなんでもこんなに単純なわけがない。
18玉、
28歩は飛車を犠牲に29の地点を開ける手なのだが、飛車をもう一度活躍させるのが定跡だ。
19飛、同玉、29金まで9手詰。
【変化図】
実は【変化図】とあるようにまだ正解ではない。
もっと手数が伸びる逃げ方がある。
28玉、
29飛、17玉、27金、18玉、28金まで11手詰
【変化図】
これはどうも冴えない手順だ。
それに27飛、18玉、29金でも詰む。
これが作意手順だとしたら余詰が存在することになってしまう。
こうしてやっと次の応手に気づく。
39金、
49に間駒は29金があるから39に間駒を考える。
29金を取るために飛車か金だ。
29金、同金、同飛、18玉、
もし飛車だったら1手詰。
金だとまたもや飛車の捨駒が登場する。
19飛、同玉、29金まで13手詰
【変化図】
きれいにそして予想通り飛車も消えて詰み上がった。
「39金合に気づかなかったら9手詰を答えていたかもしれないよ」と13手詰を正解と疑わなかった解答者が8割もいたということだ。
実はこれも変化。
すわなち応手を間違えているということだ。
それでは正しい6手目の応手は何なのか考えていただこう。
【再掲図】
わ
か
り
ま
し
た
か
?
正解は
39銀成、
取れる飛車を取らずに只捨ての銀成捨て!
しかし調べてみるとこれが理に適っている。
金合同様に攻めると…
29金、同成銀、同飛、18玉、
【失敗図】
持駒が「金」ではなく「銀」になっているので19飛はできない。
かといって27銀打でも千日手だ。
そこで39銀成は同飛と取る以外に手はない。
(39)同飛、28玉、
こうなってみると39銀成の意味がわかる。
48銀がいたので今までの変化は29飛で簡単に詰んだのだ。
持駒に銀が増えても29飛では38玉でこれは捕まらない。
17に角がいて39角成と17地点の逃走路を開ける作品はいくつか見たことがあるが、48を開ける銀成は初めて見た。
さてここから入手した銀を巧く使っていく。
29銀打、19玉、18銀、同玉、
こんなシンプルな形で銀の移動中合を実現したのも凄いが、その銀をどう処理していくのか。
それがこのように鮮やかに解決されるとは。
入手した銀1枚を利用して、28玉をみごとに18玉に移動することに成功した。
19飛、同玉、29金まで15手詰
結局、この収束に戻っていくからこそ感動する。
完璧だ!
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本作も最近になって解いたばかり、
あっと言う間だったはず。
何回見かけても気持ちの良い最後の3手一組。
改めて8割もの誤回答に対して信じられないと思った。
指将棋は指運に恵まれて美酒を味わうが
詰将棋は恵まれるとコクを味わえない。
解題に苦心すればするほど解決した作品は
美しさと味わいを醸し出す。
同感です。詰将棋との出会いは一期一会。
私もあの3手詰「新たなる殺意」との出会いは不幸でした。作者名を考えれば73香成のはずがない。なぜみんな誤解するのか不思議でした。でも、あの作品を楽しめたのは誤解した人達なんですよね。