『飛角図式』江口伸治詰将棋作品集について(5) 掲載し損ねた吉村達也氏のテキスト

詰パラ2009年7月号
吉村達也「迷宮の果てに」第7回作風とは何か(後) より抜粋

江口伸治氏にみる「選択の勇気」

 さて、まず最初は江口伸治氏。この方といえば「飛角図式」である。もちろん看寿賞受賞作品のあの傑作が頭に浮かぶが、それだけでなく江口氏が繰り出す飛角図式は、ことごとくハイレベルである。

 そこで本稿冒頭の疑問にふたたび戻ることになるのだが、「江口氏が飛角図式を作りはじめたら、すべてがハイレベルな高水準にまとまってしまうのだろうか?」

 その答えはノーであってほしい(笑)。おそらく相当な数の飛角図式を完成しておられるだろうが、そこには質のバラつきがあって当然だろう。しかし、飛角図式であればなんでも投稿、というのではなく、江口ブランドにふさわしい作品を取捨選択していくことを、きっとおやりになっていると、私は想像する。「この程度の飛角図式を発表しては、江口の名前に傷がつく」というふうに。

 もしも江口氏がたんなる「飛角図式ハンター」であるなら、どれほど多数の飛角図式を発表されても、それほど感銘は受けない。だが、これだけ高品質の飛角図式を多発される裏には、一定の質に達しない(しかし並みの作家なら投稿してしまうレベルの)飛角図式を、きっぱり棄てる決断があるに違いない。

 条件作でない一般図式でも、入選級の作品を「私の名前で発表するレベルに至っていない」と判断してボッにするには勇気が要るが、飛角図式でその英断を実行するのは、さらに相当な覚悟がいる。なぜなら自分がボッにした飛角図式と同一図を、他人が新作としてのちに発表する可能性が、決して低くないからだ。これは簡素図式すべてに言える作家の心理だ。

棄てきれなかった私の場合

 じつは、ここでまた自分の恥をさらしてしまうが、昨年、長いブランクを経て復活した直後、盤上馬二枚の図式を強引に作ってみた。持駒は香と歩の二種類だけ(それぞれの枚数は、ここでは記さない)。しかし香の打ち場所の非限定もあって、正直、手順は甘いな、と思った。だが、完全かつ未発表の図であれば、世に出す価値はあるかも、と思って投稿した。投稿する前も後も、自分の判断が甘いなと何度も思っていた。それなのに、私の心の中に自分の甘さを答める声はなかった

 正直に告白すれば「誰かにとられる前に登録しておきたい」という気持ちがあったからだ。たいした手順ではないのに、だ。

 柿木将棋の性能向上とともに、珍型の発掘は急ピッチで進んでいる。発表された中には、その人が第一発見者であることを承認する以外にさして意味のない図も数多くある。……と、他人事のときはえらそうに言えるくせに、いざ自分で超簡素型を発見してしまうと、大急ぎで投稿する浅ましさが私にはあった。

 だからその投稿図が、完全だがあえて掲載するまでには至らない、という理由でボツになって戻ってきたときは、さすがに自分のしたことを恥じた。ダメだと思っているものを投稿して、やっぱりダメだと言われるほど、ぶざまな話はない。反省した。だからその馬二枚の作品は、ここでは図示しない。

 それをやったら、けっきょく不採用作品を公認登録したいがために、連載の場を借りて紹介するというセコい行為になるからだ。

 こんな弱さを持った私なので、江口氏が高品質の飛角図式を連発する姿は、ぜひ見習わなければならないと思うのである。

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