一番星 波崎黒生・中野和夫詰将棋作品集 中野和夫 角ブックス 2015.7.19
「波崎の銀」で有名な中野和夫。
もちろん銀をあしらったパズル風味の強い作品も大人気だが、ちょっと捻った独特のナラティブを楽しませてくれる作家で、まず嫌いな人はいないと思う。
いやいやきっとみんな好きなはずだ。勿論筆者も大好きだ。
その中野和夫の素晴らしい作品が詰まったこの本の唯一の弱点は、「遺作集」であることだ。
詰将棋作品は紛れもなく中野和夫の手によるものだが、作品自体の構成に中野和夫は関わっていない。
では誰がこの本を作ったのか。
中野和夫の素晴らしい仕事を1冊に纏めて、こうやって愉しめるようにしてくれたのは誰か?
それは角ブックスの角建逸だ。
酒井克彦氏のときと同様に、ご遺族に連絡を取って、出版の許可をもらえないだろうか。だが、中野氏は全国大会はもちろん、詰将棋の会合に姿を現すことはなく、謎の作家とされてきた人物なのだ。(中略)氏の姪にあたる水野久美さんにご快諾いただき、さらに仕事仲間だった加藤忠三氏にも直接お会いして、いろいろとお話を伺った。
本を1冊作り上げる労力は並大抵のものではない。
しかも遺作集となればデータの収集からはじめるので膨大な作業になる。
少しでも中野和夫の書いた文章を探し、作品の選定・検討・変化調べ……角氏は埋もれさせるのは惜しい不完全作を、なんと添川公司をひっぱりだして、修正までしている。
題名の『一番星』は第43番の命名をそのまま使わせてもらった。中野氏はえんじ色のセーターを好んで着ていたということで、そのイメージの装丁にしてみた。
そしていつもながらの丁寧な編集作業だ。
これは編集のプロとしての矜持もあるのだろうが、営業のプロではないのだろうか。
企画書の原価の欄に編集費はいくらと計上しているのか一度見せてもらいたいものだ。
そこで手元にあるいくつかの遺作集の奥付を見てみると……
- 岩井則幸遺作集『三桂の詩』は「編者 塩沢雅夫」と「作者 岩井則幸」より先に明記してある。
- 山本昭一作品集『怒濤』は「著者 平井康雄」となっている。そう、本を著したのは平井さんだ。
- 『般若一族全作品』は「編著者 近藤郷」となっている。これで正しい。
それなのに『一番星』の奥付には「著者 中野和夫」となっている。
その後ろに「編集発行 角建逸」とあるけど、これはお金の面で出版を支えた人の名前を書くところだ。(その面も間違いではないが)
(最近の「無双」「図巧」みたいに奥付に詰将棋の作者名も書いていない例は特殊なものと考え、ここでは取り上げませんでした。また、『夢の車輪』も制作の意図が上記の作品集とは微妙に異なると思われるので取り上げませんでした。)
角さん。
功績と責任の所在を明らかにする意味でも「編著者 角建逸」と書いてくださいね。
クロナマ 一番星 第39番 Nifty将棋フォーラム 1997.10
若い人のために補足すると、パソコン通信とはDOSの時代に1つのサーバーにみんなのPCから接続して交流した方式のこと。インターネットにより駆逐され絶滅した。最初は300bpsだったから送られてくる文字が映画の字幕みたいに読めた。
忘れてはいけない。この本もつみき書店で購入できます。
追記(2020.7.8) 池田さんのコメントを参考に紹介した図の名義を発表時のものに変更しました。
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奥付に発行者として私の名前が入っています。
ヒモ付けはそれで十分です。
自分が好きな作家の本を出したい、それが望みです。
表紙だけ見ると二人集かと思っちゃいます。
塩見さんの作品集はきっと「塩見一族作品集」になるのでしょうね(^^)
中野さんと面識のある数少ない人間の一人ですが、波崎黒生の読みが分からない。「波崎」も「黒生」も茨城県由来だと思われます。「波崎」は神栖町に編入した波崎町から来ているでしょうから、「はざき」ではなく恐らく「はさき」。
問題は「黒生」の読みです。銚子市に「黒生(くろはい)町」があり、最寄り駅は「笠上黒生(かさがみくろはえ)」、他に候補として、氏が使うペンネームに「クロナマ」があり、こちらはお好きだったビールにかけた?いやいや「コクショウ」かもしれない。
というわけで、2×4通りの可能性のいずれが作意?
個人的にはゴロから「はさき こくしょう」が作意と踏んでいるのですが。
39番を紹介するなら「中野和夫」名義ではなく、クロナマ名義としたかった(笑)
パソコン通信とあるので、Niftyの将棋フォーラム(FSHOGI)の会議室発表と思います
自分のコメントも掲載されているので間違いないかと。
当時のハンドルネームが片仮名で「クロナマ」だったと思うので。