Writer:谷川幸永
後れ馳せながら
詰パラ2019年5月号読者サロンで深澤京子さんがある無駄合判定に対し異議を表明された。平成17年以降の本誌で《無駄合か否か》問題になった事例を収集・研究した結果、本件は珍しい事案のように思えるので、浅学菲才を省みず報告する。
須藤大輔『詰将棋練習帳 林の巻』第200番
初手5五角に対して4四歩はムダ合ではないように思う。駒あまり9手話になる。申し訳有りませんが、どなた教えて下さい。
深澤京子
事案の概要
件の作品は、須藤大輔7手『サクサク解ける詰将棋練習帳・林の巻』問題200。
作意は、55角、(イ)33桂、23角成、同玉、33角成、14玉、26桂迄。
(イ)44歩(移動合)が御指摘の合駒だが、同角、33桂、23角成以下同じ順で詰む。しかし……。深澤さんの考察は記されていないが、次のようなものと推測する。
「23角成に代えて(貰った歩を使い)23歩、21玉、33桂生迄で2手短く詰むのが問題です。無駄合の基準には様々なものがありますが、その内の一つ《合駒により本手順が変われば有効合》によれば44歩は有効合になります。以下、同角、33歩合、同角成、同桂、23歩、21玉、33桂生迄9手桂歩余りが最善の攻防で、200番は変長です。初心者向け問題集に変長作品(しかも複雑な無駄合がらみ)を入れるなんて須藤さんのイジワル!」
自縄自縛型有効合の新種
本件では、受方が小太刀を渡して自分の頸を掻かせているようなもので、この有効合基準は承服し難い、と感じられた読者が多いはず(私も同感)。しかし、冒頭の事例採集では、問題にされた出題例として次のようなものが得られており、この基準が根強い支持を得ていることが判る。
-
(1)佐藤勝三9手2009.9幼稚園
(2)岡島民雄7手2010.11幼稚園
(3)山本孝志5手2011.5保育園
(4)岩田俊二7手2012.12短コン
(5)水谷 創11手2014.7中学校
(6)八尋久晴5手2015.10保育園
(7)清水健治11手2017.6ヤング
(8)三輪勝昭7手2018.1小学校
(9)太刀岡甫7手2018.5小学校
(10)坂田慎吾17手2018.10九州G
(11)太刀岡甫5手2019.3小学校
これらと須藤作の間の類縁性・異質性を、深澤さん自身が短評で中合に言及されている(2)を例に説明する。
岡島民雄 詰パラ 2010.11
図1は5手目51飛成とした局面。
作意は同角、22と迄。41歩合、同龍、31合、12と迄の順は(担当・酒井氏の回答のとおり)41歩合、同龍を省いた場合と同じで“無駄合を含む手順”だが、《本手順が変わる》ので合駒は有効だと主張できる。
合駒の影響が、このグループでは受方選択肢の一つ(本手順)の消滅であるのに対し、須藤作では攻方選択肢の追加になる点が新しいが、受方がわざわざ不利になる合駒をする訳で、広義には同類と呼べよう。
内応中合Ⅲ型でもある
内応中合(仮称)とは、初め深井一伸氏が提唱され、鈴川優希氏により再発見・命名された事象だが、私は広義に捉えた次の定義を試用している。
定義 無駄合に見える合駒だが、それを使用する早詰順が存在する結果、有効合と主張できるもの。
普通この早詰順を人間は読まないため、本手順・正解の認識に齟齬を来すのが問題の淵源。従来はⅠ・Ⅱ型の2亜種が知られ、共に早詰順が(合駒無しの場合を含めての)最優位になるが、それが単独か同率かの差があった。ここでも須藤作の44歩~23歩の順が新型を生んでいるのだが、前田知弘氏の論考(『この詰2019』所収)の例題を用いて、従来型の説明から始めよう。
Ⅰ型を深井・鈴川両氏は“ペテン作”として提示された。図2i)の局面では、21玉、12香成、31玉、22成香迄の順を選ぶのが自然だが、実は13飛合、同香生、21玉、11飛迄と受方が内応する順が《受方最善》になる。作者と選者が共謀し解答者を騙すことが可能だ。駒余り解は不審を招きそうだが、深井作は両手順より2手短い駒余らず変化を加え、内応順に気づかないとこの変化を答えて(当時は変長が跋扈)×を喰らうよう仕向ける悪辣ぶりだった。
対してⅡ型は図2ii)のようなもので、こちらは(質駒不在のため)自然な順と内応順は等位になる。変同は、何れも正解になり解答者に実害は生じないものの、作品のキズになるので、Ⅱ型では作者が被害者になる。もっとも、作者に優しい(?)柿木先生は内応順の方を答えて警告してくれるそうだが。
両型では内応順の手数要件が厳格(合駒無し手順と同手数駒余らず)だが、Ⅲ型では鷹揚で、合駒有り手順(作意に合駒を挿入)より優位ならOK。この内応順より長い変化(須藤作だと33歩合)があり合駒以降の最善順になるのが、Ⅲ型の特徴。内応順が、合駒の有効化に寄与しただけで、最善順選考レースから潔く身を引く点でⅠⅡ型と異なる。合駒する側の代表手順が更に作意より優位なら変長で、その場合の被害者は、やはり作者だ。
内応中合の作例の状況を概観しておく。流石にⅠ型の出題実績はなさそうで、例題としてなら多いが、概ね類型的。Ⅲ型は、注目されないだけで出題例じたいは多いのかも。対してⅡ型は、問題になった例も多彩で次のとおり。
-
(12)大塚播州75手2005.5大学院
(13)川紗己子5手2007.3保育園
(14)石本 仰71手2007.4大学院
(15)三輪勝昭21手2010.3短大
((12)は51手目26香の処、29香、26歩合、同香の順が余詰かという議論に関連)
厳格な無駄合原理主義
紙数の関係で簡略な記述になるが、深澤さんのもう一件の有効合主張((16)角寿雄7手2016.3幼稚園の6手目22合)も検討してみた。
角寿雄 詰パラ 2016.3
図3は5手目21飛と打った局面。
論拠として、(1)同飛生は不詰:(2)作意候補の12玉・13玉・32玉が消滅、の2つがありうる。
(1)は無駄合の要件に《成らずに取る》という“合駒の取り方”条件を追加するもの。同系の《王手駒で取る》(実は(4)(9)(11)に関わるが、別機会に譲る)ほどではないが、ある程度の支持がある。
(2)は《本手順が変わる》の主語を、作意だけでなく作意候補(作意と等位の変化)にまで敷衍するもの。
いずれにせよ、本稿の3例を通じて深澤さんの無駄合基準がかなり厳格だと判る(他に(17)光松清一7手2012.5幼稚園で角の軌跡変更を問題にされた事例もある)。これらは《合駒に何らかの効果があれば有効合》という正当な原理原則から、理路整然と演繹される健全な判定法だと思う。
しかし、実際の慣行(所謂不文律)にはどれくらい適合するのだろう。
功利主義的な無駄合実務
実は、(1)~(11)(16)の担当者は《有効合で変長》という見解に賛同していない。彼らの法理は、手順ベース理論(仮称)のようだ。
これは、従来説の有効合vs無駄合という二分法を廃し((2)の例で見た)《無駄合を含む手順》だけ無効(別案では“2手減算”)とするもの。須藤作では44歩~33歩合の手順が該当し、この9手駒余りの変化が無効化することで変長が解消する。
従来説での有効合認定の根拠には、(a)本手順変更、の他、(b)貰った合駒を費消:(c)応手新生:(d)着手交代:(e)一部の詰筋消滅、があるが、全類型で、手順ベース理論に拠り変長でないと判断したと見られる出題例が存在する。
では、透徹した論理の深澤説に代表される従来説に対し、回りくどい手順ベース理論が今日ある程度の支持を受けているのはなぜか。それは、従来説の推論過程は正当でも、結論が理不尽に思えるからだ。須藤作や(1)~(11)は《無駄合を含む手順》が長手数変化になるとして、変長の烙印を押されてしまう。“無駄合を排除できない無駄合禁止規定”なんて変じゃない?――そういう認識から産まれた、適用結果の合理性を追求する規約解釈が、手順ベース理論なのだ。ちなみに、内応中合ⅠⅡ型も、手順ベース理論2手減算案なら、自然な順が単独最善順になる。
静かな宗教戦争
深澤さんの投稿の書止め文言は「どなたか教えて下さい」なのだが、15年分のデータを調査し、ここまで多言を連ねてきた私にも解答は見つからない。それは、互いに相容れない(少なくとも)二つの思想が混淆・対立している状況だから。しかも、両陣営が表立って対峙する機会がなく、どういう勢力関係・推移(そして決着の見込)なのか皆目見当がつかない。
しかし、宗教戦争の例に漏れず“虐殺事件”が勃発している。(18)鈴川優希35手2012.8大学では、手順ベース理論に拠る作意に反対し従来説(b)に拠った37手駒余りの5名を×に。逆に(19)鳥本敦史37手駒余り2018.11大道棋教室では、従来説(e)の作意を奉じ、35手解の手順ベース理論派を大量処刑した。また、“折衷派”の出現という類型的現象も見られる。前出の前田論考は《(a)(b)の場合は従来説、それ以外なら手順ベース理論2手減算案》である。
投げ出し気味の結言
とりあえず、私は手順ベース理論の信奉者(2手減算案寄り)であり、本稿の目的は「従来説を論理的に徹底させると、有効合と変長が増えて、実務慣行と乖離するばかりだ」と指摘することなので、読者が次のような印象を抱いて読了して下されば、満足である。
「作者に厳しすぎる深澤さんの無駄合基準もちょっとイジワル!」
[補注]
〇(18)鈴川作について
利波氏の結果稿では、6手目について「(ハ)36歩合は同飛、35桂合(…中略…)(B)26桂、同歩、25金、13玉、14歩以下」とあり、最後の“14歩”が36歩合、同飛で入手した駒を使っているので、有効合認定の根拠(b)に該当する、と判断しました。
〇(19)鳥本作について
14手目88玉とした場合、結果稿記載の「(イ)88玉は77馬(…)77飛迄35手」の順の他、作意そのままの「88玉、78飛(…)76馬迄」35手の順でも詰むようです。76歩合は、前者の詰筋を消しているので、有効合認定根拠(e)に該当するのですが…。反面、37手駒余りの作意順は“無駄合を含む手順”になっており、《14手目88玉とする35手が最善順》という主張に正当性があると判断しました。
冒頭の、須藤作に対する深澤さんの「有効合では?」という判断の根拠としては、他に《移動合はすべて有効合》という説もあります。
Twitterでの事例集をまとめておきますので、参考にして下さい。
須藤さんの『林の巻』をお持ちの方は、問題116も見てみて下さい。
《本手順が変われば有効合》という基準だと“変長”という判定になる作品はけっこう多い、ということの傍証になるかと。
本稿執筆(昨年5月)の後、次の作品が登場しました:
梶谷和宏3手・パラ2020.10小学校
結果稿では「選題時、2手目65歩で変長なのを見落としていました」と書かれています。《有効合 ∴変長》と判断された理由(根拠)は全く書かれておらず(職務怠慢!)、憶測を巡らすしかないのですが、
・(1)~(11)と同類の“作意が消滅”して《本手順が変わる》ので有効合
・移動合なので有効合
・特に、移動合した瞬間は“退路が啓けている”ので有効合
といった候補が考えられます。
何れの場合も、担当・田川さんにより《革命的な先例》が作られたもの、という評価になるのでしょう。
しかし、私は《好ましくない“先例変更”だ》と考えます。著しい厳格化であるし、そもそも作家の皆さんの通念(多数派)からもズレているようだからです。
岡島作は、51龍31合12とも作意と同格の順なので、この解説は疑問です。41合同龍を入れると、最終手12銀(成生非限定)でも詰むのがポイントだと思います。ただし岡島作では、31合を選ぶと12銀生以下の最終手余詰があり、従って12銀は作意と同格の順に内包されているので41合は無駄合、という議論も可能でしょう。そもそも31合だと変同最終手余詰になるので51同角が希望限定になるのかもしれませんが。
結構いろいろな見方があるようで、精査してみる必要があるのかもしれません。
とりあえず、結果稿の引用ー
☆ただ、思いがけなくも、こんな指摘が……。
深澤京子ー中合駒で手数がのびてしまう?
☆6手目41歩合ですね。同龍と取るしかなく、31歩合、12とまでの詰上りとなります。作意順と最終手が異なるので有効合のようですが、6手目単に31合とした場合と比べると、無駄合だと考えられます。