この本をまだ紹介していなかったのは意外に思われる方が多いのではなかろうか。
理由はいろいろあるが、一つにこの本は余りにもできすぎだからだ。
羨望というか、嫉妬心を抑えて文章を書く自信がない。
何でもそうだけれど、思いつくこととそれを実現することの間には大きな壁がある。
相馬康幸はそんな壁は存在しないが如く颯爽と駆け抜ける。
例えば作品集を作るというささやかでありきたりな願いにしたってそうだ。
詰将棋を作るのが趣味の人ならば、誰でも自作集を纏めてみたいという思いは持つ。
しかし具体的な一歩を踏み出す人は少ない。
作品のレベルが低い、数が少ない、金がない、時間がない……。
理由はいくらでも並べることができるからだ。
明日からやろう、長期休暇になったらやろう、定年退職したらやろう……。
相馬康幸はこの作品集をどのように作り上げたか。
- 81画玉配置
- 全作趣向作
- 玉位置による趣向の左右対称性
この3つを作者はあげている。
81画玉配置とは、江戸時代の古典である『無双』、『図巧』も踏んでいる韻のようなものだ。
つまり初形の玉の位置が11から99まで総てを踏破しているというもの。その問題番号を盤面に記入した図が魔方陣をなすようにしたのが二上九段の『将棋魔法陣』だ。
70画を過ぎたころから、玉位置の重複が頻発してきました。強引に逆算をして玉位置を整えることはしませんでした。作品集としての完成度が落ちるからです。自然な流れの中で81画が埋まるのをじっと待ちました。結局10年以上かかってしまいました。
この後書きを読んだだけでも、相馬康幸のカッコ良い壁の乗り越え方がわかるだろう。
そして81画配置を目指したトータルアートとしての作品集だから当然の如く
- 作品数81局
- 初出時にあったタイトルは削除
これらも100に拘らず、美しい見事な決断だ。
タイトルを削除されたのは、悲しい気持ちもあるが……引用するときは悩むことになるだろう。
さらに細かいところ(?)を挙げると次のような壁も易々と乗り越えている。
- 上製のお洒落な装丁・造本。
- 横書き・左綴じ。
- 問題図と作意の見開き表示。
- 変化・紛れの解説なし。解説もなし。作者の感想のみ。
- 山裾悠樹という人物が相馬康幸の作品を素材として用いて造った本であるという構成。
いずれも当時は画期的な試みだったと思う。
今でもほとんど見たことはないか。
(そういえば最近入手した『初詣』という作品集が図面と作意が見開きだった。)
相馬康幸はこのようにお洒落で格好いいアーティストなのだ。
苦心の跡とか苦労話とか泥臭いところは決して見せない。
この連載に登場するのが遅くなったもう一つの理由は入手が難しいこと。
ヤフオクでも見かけたことがない。(そんなにチェックしているわけではないが……)
発行部数が少なかったのだろうか?
つみき書店でも1冊入荷したが、もう売れてしまった。
見かけたら、迷わず入手することをお勧めする。
相馬康幸『相馬康幸Collection』No.15 詰パラ 1986.11
作品はweb上で鑑賞することができる。⇒詰将棋マニアックス
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