詰将棋入門(160) 盤面の駒を持駒にする

三代伊藤宗看『将棋無双』第4番 1734.8

手としては角の限定打が中心の妙手なのだが、それに邪魔駒消去の4手を加えることで、盤面の駒が持駒に変わるという不思議な物語を紡ぎ出した。

44龍が54歩の配置で働きが悪い。
75馬が遠く93銀を質に見ている配置だ。
持駒は角が強力だがあとは桂と歩で頼りない。

となれば初手はこの一手だろう。

42龍、62玉、

この局面で有力な手は51角、53角、74桂か。

51角は71玉で93馬と銀を入手してもちと遠い感じ。
53角は73玉で、もし77歩がなければ74歩以下詰む。しかし二歩で打てないので頓挫だ。
残りは74桂だが……

74桂、73玉、

【失敗図】

「桂頭の玉寄せ難し」を地でいった形。
65桂は同龍、85桂は同香で後続手がない。
角で龍の利きを消す46角が浮かぶが、龍は相手をしてくれず64桂合で困る。51角も62桂合で続かない。

3手目が驚きの一手だ。

51龍、

今動かしたばかりの龍を只で捨てる。
これではなにをしたのかわからない。
これはつまり44龍が消えただけの結果だ。
44龍は邪魔駒だったということが分かる。

なぜ44龍が先手にとって邪魔なのか。

この4手は次の狙いの一手をそしてその先を見据えていないと指せない手順だった。

24角、

貧弱な持駒の中で唯一の大駒を手放す。
しかもわざわざ龍に当てて。

同龍ならば…

   同龍、43桂、62玉、74桂、73玉、65桂まで

【変化図】

74桂に71玉なら93馬、同香、82銀まで。

では同龍と取らずに62玉ならば…

   62玉、35角、

35角と龍を取ってしまおうということだ。あとは簡単。
そのために龍に当てての24角だった。
そして、もしこのとき44龍がいたら王手にならない。
これが冒頭に4手かけて44龍を捨てた理由だというわけだ。

そしてこれで終わりではない。
玉方に巧い応手があるのだ。

   33飛、

この手の意味は手順を進めてみればわかる。

43桂、62玉、35角、同飛、74桂、73玉、

33同角成と取ると同龍で今度は玉を追う手段が消える。
そこで43桂と桂馬を1枚消費して62玉と追い、予定通り35龍をとる。
これで74桂、73玉に桂馬が打てる……と思ったら35龍は消せたが代わりに35飛がいて打てないではないか。
35龍を取られても、65桂を拒否する次の要員を確保する。これが33飛合の意味だった。

これでは一体何のための苦労だったのか?
いやもう既に目的は達しているのだ。
【失敗図】と比較すればわかるはずだ。
失敗図は持駒角桂桂歩だったのが、上の途中図では持駒飛桂歩になっている。
これは持駒の角を費消して盤面の44龍を持駒に加えた結果になっている。

この飛車を利用して、以下は易しい収束になる。

85桂、同香、83飛、

【失敗図】では持駒が角だったので85桂、同香に後続手段がなかった。
飛車を手駒に加えたので83飛と手をつなぐことができる。

   同玉、93香成、同香、
84銀、94玉、

あとは平易な手順で詰む。

93銀成、95玉、96歩、同玉、
97香まで25手詰。

冒頭で強烈な主題を展開し、収束は穏やかに進行するというスタイルが宗看には多い。

本作は解かずに手順を並べただけでも冒頭の6手には目を瞠るだろう。
解くためには24角に気づく必要があるが44龍の配置で35角が意識の外に追いやられ気づきにくい。

そして味付けが重厚な変化である。
例えば次図は3手目51龍に73玉と逃げた場合。

【変化図】

3手目53角と打った図よりも詰みそうに見えない。
これは以下、62角、同銀、同龍、同玉、74桂で詰む。

現代の視点で見た場合、問題となるのは8手目に41玉とした場合の変化だろうか。

43桂に62玉でなく41玉とした局面だ。

31桂成、51玉、33角成、同龍、
41飛、62玉、74桂、

今度は31成桂という拠点ができるので、33飛を取ることができる。

ところがその33角成を同龍ととらずに62玉と逃げると…

(33角成に) 62玉、74桂、73玉、

これは作意の収束と同様に攻めるしかなく、手数が27手と作意より2手長くなる。

門脇本も谷川本もこの変化については特に言及していない。
それはこの時代は作意の客観性という物は問題にされていなかったので、作意より変化の方が長いことなど気にしていなかったからだろう。(妙手のある方が作意だという「妙手説」と呼ばれる)
本局の場合は作意と比べ33馬が残るので変化だという見方もできる。

筆者は33飛は35角と龍を取られることを前提とした間駒なので、41玉としては33飛が無駄合のように感じるのだが……まぁ、ともかく現代ルールでは不完全作扱い(誤作意)だということだ。

下図は持駒の角を減らし、44龍を持駒にした図。

これではただ王手を続けるだけの17手詰。
面白くもなんともないことが確認できる。

狙いの一手は24角。
それを隠蔽するのが44龍の邪魔駒。
結果として紡がれるのが盤面44龍を持駒にするという物語(ナラティブ)だ。

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