栗原寿郎 詰パラ 1952.2
図は詰将棋入門(49)で取り上げたいわゆる「ブルータス手筋」の作品だ。
この作品については昔から疑問に思っていることがある。
それは、この作品がそんなに難解だったのだろうか?ということだ。
「ブルータス、お前もか!」と叫ぶほど、無解が集まったというのだが……。
実際に詰パラ1952年4月号を繙いてみると……
解答総数46通。不正解数57通。正解者7名とある。
どうも計算が合わないし、不詰解と誤解の区別が分からないが、とにかく正解者が少なかったのは間違いないようだ。
しかし、それでもこの作品がそんなに難解であるとは思えないのだ。
5筋から右側にまったく駒を置いていないので、心理的に11の地点は盤外という認識に陥ったのだろうか?
いやいや98角99今日という仕掛けがあるから、まさに11に打ちたくなる構図ではないか。
山田修司氏もこの配置があっては11飛を無仕掛遠打と称するのはためらうのではなかろうか。
昔の人は棋力が物凄く高かったという印象を持っている。
昔の「初段」といえば、今だったら「四段」は確実にあるというイメージだ。
実際、大井美好の延々と盤上を追いかけ回す難解作を解いているのだ。
この最遠打の利きを自ら塞ぐという発想が見えなかった?
この筋の第1号局というのならともかく、そうではない。
この作品をタイトルでは「打歩回避」と書いたが、本文では98角を54角成とする狙いと書いた。
それはもちろん私がそのようにナラティブを読み取ったからだが、底流にこの筋の完璧な表現が既に看寿にあるという想いがある。
伊藤看寿 『将棋図巧』第49番 1755
33角の66への利きが将来打歩詰を招く。
そのために、
- 33角を99角成と捨て
- 11角と打ち換える
- 11角の利きを22香成で塞ぐ
という三段階の戦略で解決するという傑作だ。
この有名な作品がある以上、やはり栗原壽郎作がそれほどの難解作とは思えないのだ。
どなたか、この辺の事情を教えていただきたいと思っている。
考えているのは
- 棋力の高い人はみな戦争に行ってしまった。
- 長い戦争で古図式への知識が途絶えてしまっていた時期である。
- ……
附記
『将棋図巧』第49番であるが、27手目76銀以下の余詰がある。
詰将棋博物館では24手目を歩合として43手詰の完全作としているが、これは作者の設定した作意を無視した行為で感心できない。本作は角合で得た角を4手かけて歩に変換する作意の47手詰だが、余詰がある作品であるとするべきと考える。歩合を作意にすれば作者の「作意誤設定」の完全作と見なすこともできるというのが限界であろう。谷川浩司『将棋図巧』は当然ながら、この立場で解説している。
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