詰将棋入門(115) 香先香歩の意味

巨椋鴻之介「天邪鬼」 『禁じられた遊び』第21番 詰パラ1957.3

タイトルの天邪鬼って知っているようで、その実、よく分からない妖怪である。
瓜子姫を食べた妖怪だったろうか。

盤面を広く見ておこう。

大駒3枚あるが、いずれも玉からは構造的に遠い位置にいる。
96角は74歩を取る以外に使い道はなさそうだ。
25龍も45歩が活用を妨げている。質駒なのは65歩か、あるいは21香か。
26角が一番物理的には離れているが、玉に近い。
71に玉が来れば52歩成でほぼ詰みだからだ。

そして持駒が「香歩」。

91が開いている形。
いかにも83香と打てと云っているようだ。
しかし天邪鬼な解答者はすでに確信している。

「初手は82香だな」

詰棋ストというものは何と天邪鬼なことか。

しかし、それは本当に幸せなことなのだろうか。

83との余地を残すために82香の短打はあり得る。
それだったら82歩でいいではないか。
しかしゴーストが「いや、詰将棋作家というものはそこを82香にしたくなるものだ」と囁く。
82香が正解だろう。

しかし、あえて82歩と打ってみよう。

82歩、

91玉で詰むのかが気にかかる。

91玉、92と、同玉、95香、82玉、74桂、同と、

93香成、71玉、52歩成、35桂、72歩、81玉、82香、

やはり52歩成が利くと、これはまだ手数はかかるが詰む。
(これで「やはり82香が正解だ」と確信を強める)

71玉は52歩成でもっと簡単に詰むので、2手目は72玉だ。

(初手より)
82歩、72玉、83と、63玉、

45歩がいなければ73と、64玉、55龍までだがこの形では64を塞ぐように手をすすめるしかない。

64香、同玉、73銀不成、63玉、74角、同と、64歩、同と、72銀不成、62玉、

次は52歩成、同玉、41銀不成……と進めるようだが、このままでは41銀不成に51玉で困る。
51玉なら61銀成りから63香と打てるように64とを動かしておく。

そして念願の45歩消去だ。

74桂、同と、52歩成、同玉、41銀不成、43玉、
44歩、53玉、43歩成、同玉、

55龍ができるようになったので64を塞がなくても72銀不成ができる。

32銀不成、52玉、61銀不成、63玉、72銀不成、52玉、
53香、62玉、65龍、同と、

【失敗図?】

これで打歩詰だ。
53香が強すぎる。53歩だったら、63歩、51玉、41とまで。
やはり初手は82香が正解だったと云うことか。
それにしても、ここまで随分長かった……。

いや、ちょっと待て!

よく考えると、初手82香でもこの局面になる。
なぜなら53に打った香は持駒の香ではなく61で獲った香だからだ。

これはどういうことなのか???

2枚の銀が玉を43~52~63に自由に動かせる仕組みを作っているので、実際にはここで玉をあっちに動かしたり、こっちに戻したり空回りの時間を経ることになる。

しかし、やはり知識は力になるものだ。

「香が強すぎるのなら歩に替えれば良い」
いわゆる香歩不利交換という手筋の知識だ。

どこかで香を歩に交換できる場所はないかと探して次の手に辿り着く。
【失敗図?】の4手前、香を打たずに……

41銀不成、43玉、49香、

これで合駒で歩をもらえれば解決だ。

47香、

【真の失敗図】

ところが当然玉方は抵抗するのであるから歩を渡してはくれない。
香合してくるのである。

これで本当に手が尽きる。
やっと【真の失敗図】に辿り着くことができたのである。

この香合こそ、初手に82歩としてしまったことの結果だからだ。

「紛れが深い」とは延々と詰みそうな手順が続くときに使う言葉だ。
しかし往々にしてその紛れは偶然が作っただけのものであることが多い。
「紛れ」は「作意」と同様に作者の意思が籠められているときに使う言葉にしたいものだ。
(もちろん「変化」も)

この作品にこそ「紛れが深い」という言葉が相応しい。

巨椋鴻之介こそ天邪鬼中の天邪鬼というべきであろう。

もうほぼ解決なのだが、一応作意を並べよう。

やはり初手はゴーストの囁き通り……

82香、

91玉の変化は先に書いたものより持駒の香が歩になっているが、ほぼ同様なので省略する。

   72玉、83と、63玉、64歩、

初手82歩だとここで64香と捨てることになるので、玉方の持駒に香が配備されることになったのだ。

   同玉、73銀不成、63玉、74角、同と、
64歩、同と、72銀不成、62玉、74桂、同と、
52歩成、同玉、

次に45歩を消去する。

41銀不成、43玉、44歩、53玉、43歩成、同玉、
32銀不成、52玉、

61香を入手する。

61銀不成、63玉、72銀不成、52玉、

香を歩に不利交換するために最遠打。

41銀不成、43玉、49香、

47歩合だと2手短くなる。
こんなところにも罠があった!

   44歩、

モチウゴマが香から歩に変わったので玉を戻す。

同香、53玉、43香成、同玉、32銀不成、52玉、

これで53香ではなく53歩と打てる。

53歩、

62玉では3手詰なので、作意は51玉と下がることになる。

   51玉、41と、62玉、

これで31とが捌けて……

52歩成、同玉、51と、同玉、21龍、

21香を入手することができる。

   同飛、61銀成、同玉、63香、52玉、62角成 まで55手詰

51玉の形で香が入ると、こんなにもあっさり詰んでしまうとは……。

香先香歩をすることによって香歩不利交換を実現するというナラティブ。
しかし本作を並べるとその物語よりもその語り口に圧倒されて声も出ないという印象だ。

この拙い文章で巨椋ファンが一人でも増えてくれるとうれしいのだが、正直なところ不安で一杯だ。
是非、『禁じられた遊び』で作者の見事な解説を読んでもらいたい。

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