山田修司「不利逃避」『夢の華』第40番 近代将棋 1963.2
これはネタバレでもヒントでもない。タイトルだ。
狭そうな玉。
本作は塚田賞も受賞した不利逃避1号局として非常に有名な作品だが、実は複雑な変化もなく易しい。
そこでいつもより初心者向きに丁寧に解説していこう。
44銀がいなければ53馬の1手詰が見える。
そこで55桂と攻めてみたくなる。
さすがにそんなに単純ではなかろうが、失敗を恐れずに進めてみよう。
55桂、42玉、41桂成、33玉、
【失敗図0】
持駒は金ではなく銀なので、これはさすがにスイスイと逃げられる。
失敗だ。
しかし、失敗からこそヒントは得られる。
……飛車を質にしておけば……。
初手に戻って、
34銀打、
銀を捨てておいて、33玉となったときに飛車を返してもらおうという手だ。
同飛、55桂、42玉、41桂成、33玉、
飛車がいただける。
これなら上部に逃がすことはない。
34銀、24玉、25飛、14玉、
【失敗図1】
逃がさなかったが……打歩詰で失敗。
しかし着実に正解に近づいている感じだ。
盤面を広く見直してみる。
働いていない駒はないか?
すると84角が見えてくる。
もし、この角が51馬、同角という手順を経て、51に居たとしたら……
【仮想図】
15歩の打歩詰が打開できるではないか。
これが正解に違いない。
取歩駒を引っ張ってくる図巧#1のミニ版だ。
あとは51馬のタイミングを決定することだ。51~15ラインに玉が居るのは3回。
24玉のタイミングで51馬とすると……
これは35玉と大海に逃げられてアウトだ。
それでは、その前、33玉のタイミングで51馬とすると……
23玉、34銀、12玉、
12玉と潜られては「飛歩」の持駒では手が出ない。
さらに手を戻して42玉の形で51馬とすると……
31玉は41馬で詰みなので同角の一手だ。
(51)同角、
以下、先程と同様に進めると
41桂成、33玉、34銀、24玉、25飛、14玉、
15歩、同角、23飛成、同桂、25銀まで17手詰。
【失敗図2】
飛車を捨てて見事な詰上りだが、これは【詰上図】ではなく【失敗図2】なのである。
攻め方は間違えていない。
つまり、逃げ方を間違えているのだ。
しかし、ほとんど変化はなかったはず……と探してみると1つだけあった。
7手目41桂成の局面だ。
33玉と逃げていたが52玉とする手もある。
52玉、
【狙いの一手】
もちろんこっちに逃げても行き止まりだ。61とが控えている。
51成桂、42玉、41成桂、
と、同じ局面に戻ってくる。否、同じではない。51角が消えている。
正確に言えば攻方の持駒になっている。
なので、もう一度52玉としたら43角の1手詰だ。
33玉、34銀、24玉、25飛、14玉、
しかし、52玉は理に適った逃げ方なのだ。
再び打歩詰の局面に戻っている。
これが「不利逃避」の意味だ。
52玉と逃げると結局33玉と逃げることになるのだが、守りの駒が消えてかつ攻方の持駒が増える。
わざわざ一見そんな自分が不利になるような動きは出現しないはずだ。
しかし、打歩詰の禁というルールのお陰で実現するのだ。
打歩詰の局面になったが【失敗図1】とは異なる点がある。
そう持駒に角が増えている。
作意はこの角も捨てる、さらに華麗な展開になるのである。
23角、
同金は同飛成で金が入手できるから早い。
同桂、15歩、同桂、23飛成、同金、25銀まで23手詰。
【詰上図】
タイトルも「不利逃避」であるし52玉の一手が狙いであることは間違いなかろう。
そして今は不利逃避という言葉がこの作品をさす固有名詞でなく手筋の名前として一般化している。
つまりこの作品は「不利逃避テーマの1号局」というわけだ。
固有名詞が一般名詞化するなんて伊藤看寿の「煙詰」や「裸玉」レベルに詰棋界に影響を及ぼした作品であるといえるだろう。
新しいテーマを数多くの作家に与えてくれた功績もさる事ながら、「普通に攻めると打歩詰⇒51馬の妙手で打開⇒52玉の妙手で再び打歩詰⇒角龍の連続捨駒で華麗に打開」という物語が素晴らしい。
すべてを作意表面に乗せてくれるわかりやすい王道物語は決して創るのは易しくない。
と、本作のキズについても触れておかなければいけないだろう。
『夢の華』では記載がないが、11手目に41とも成立する。
33玉以下作意と同じ。
「非限定」と言うことでお許しいただきたい。