詰将棋鑑賞入門(2)

2詰将棋は芸術かパズルか

詰将棋は芸術なのか、ただのパズルなのかという議論がある。近い議論として、「創作か作図か」「作品か問題か」というのもある。

当然ながら「芸術」と「パズル」は同一ベクトル上にあるわけではないので、これは閾値に関する議論ではない。要するに「詰将棋は芸術でもありパズルでもある」という解だって存在するということだ。しかし、本日はその議論に無防備に乗ってしまうつもりなのである。

それにしても「詰将棋は芸術かパズルか」という二者択一のごとき式の立て方では無茶すぎるので、命題を二つに分けよう。
すなわち「詰将棋は芸術か」と「詰将棋はパズルか」である。

まずは「詰将棋は芸術か」という命題について考えよう。
辞書を引くと

芸術
(1)学芸と技術。
(2)鑑賞の対象となるものを人為的に想像する技術。空間芸術(建築・工芸・絵画)、時間芸術(音楽・文芸)、総合芸術(オペラ・舞踏・演劇・映画)など。
(3)高等学校における教育課程の一つ。
(日本国語大辞典)

いままさに詰将棋を鑑賞の対象として論じているのだから、どうもこの(2)に当てはまりそうだ。例示されている中にはないが、「など」とあるから問題はない。

つまり、普段我々が遊んでいる「詰将棋」という行為は芸術と読んで差し支えないようだ。

では次に「詰将棋はパズルか」という命題に進もう。

我々はよく詰将棋と将棋の違いも曖昧な方に説明するために、「将棋はゲーム。詰将棋はパズルです」と言う。
当然、詰将棋はパズルだろうと思い込んでいる人が大多数だろう。

だが、改めて正面からこの命題に向き合ってみると一つの疑問が湧いてくる。

パズルというのはルールが明快でないと解けないのではないか?

詰将棋のルールは、400年の歴史がありながら、いまだに確定されていない現状だ。

こう書くと驚かれる方もいるだろう。
もちろん基本的なルールは揺るぎなく決まっている。
詰将棋の本やwebサイトに「詰将棋のルール」は多少の表現は異なるが、それは表面的なこと。

問題は「無駄合」という概念にある。
「玉方最長応手」と「無駄合」は本来矛盾するので、すっきりしたルールを作ることが不可能なのだ。

詰将棋はパズルと考えて新しく参入する人は、古典作品と現代作品がルールが異なるにもかかわらず、同じ土俵で論じられていたりすることに戸惑うのではないだろうか。

つまり極論すれば、
詰将棋はパズルではない。

筆者はこう考えている。

詰将棋は心ならずも芸術作品
パズルに憧れ、でもパズルにはなりきれなかった芸術作品なのだ。

だから詰将棋を鑑賞する時は、作者が何を表現したかったのか、何を鑑賞して貰いたかったのを最重視する。
移ろいゆくルールに忠実かどうかなどは二の次である。

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詰将棋鑑賞入門(2) への2件のフィードバック

  1. パパス のコメント:

    パズルはまずルールありき、そのルールの中で展開を考えていくものと思いますが、詰将棋はいろいろな問題が作られていき、あとからそれを体系だてようとしているので、ルール付けが難しいんでしょうね。
    ただ、パズルも「作者の意図」というのは重要かと思います。
    最近遅ればせながら「カックロ名品100選」をやっててそう思いました。

    • 風みどり のコメント:

      おっしゃるとおりだと思います。

      パズルも作者の意図すわなち作意はありますが、でもそれを実現し、さらに回答者に伝えるのは難しい。

      詰将棋は作者の意図を表現しやすい形式であるといえましょう。それは紙芝居的な1本道になる危険と裏腹の性質です。

      詰将棋はパズルとしてのルールの整備よりも作意の表現をより重んじて発展してきたともいえましょうか。

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