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詰将棋雑談(98)
香剥総浚[其の二十三]
[メモ] ニコリ Vol.192
休止中の連載記事メモ
2024年には詰将棋つくってみた以外の連載をすべて停止しました。
ブログの更新をやめたせいで、自動的に休止中になっている連載記事を忘れないようにメモしてみる。
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小冊子が今月で60冊になりました
有料のクローズドサークルで毎月配付している小冊子が今月でちょうど60冊目になることに気付きました。
60といえば還暦じゃん。
これは目出度い。
ということで書名を一覧公開します。 続きを読む 小冊子が今月で60冊になりました
遊びは秘めやかに
このブログを読みに来てくださる方は恐らく将棋というゲームを遊んだことがあるに違いないだろう。将棋を指すということは二人でその時間を共有して楽しむところに本質がある。その記録として棋譜というものを残すことができるが、それは遊びの残骸に過ぎない。そこから二人が何を考え何が起こったのかを読取ることは至難である。
遊んだことはないが茶という遊びもある。主人がどんな趣向を凝らしたか、客はそれを読み取ることができたか。主人と客が共有した時間と空間がその遊びの本質である。記録に残すとしたら「お茶を飲んだ」というだけ。「王手の連続で相手の玉を詰ました」となる詰将棋とどことなく似ている。
歌仙という遊びをご存知だろうか。筆者は一度だけ参加したことがあるのだが、文学的才能がないので四苦八苦だった。発句の五七五に対して次の人が七七をつける。また次の人が五七五をつなげるという連歌の一種で、松尾芭蕉が完成させ流行させた遊びだ。これも完成品は記録に残る。しかし実際にはリーダーが直しを要求したり自ら直したりという作業をするし、参加者が頭を捻り苦心惨憺するその時間と空間が遊びの本質なのだ。巻かれて完成した歌仙は将棋の棋譜と同じ、遊びの熱や興奮を伝えるものではあっても、遊びの目的ではない。





