伊藤看寿 「寿」 図巧 第100番 1755
巻尾は「寿」と後世の人に称えられた長手数作品である。
詰将棋の歴史は初代大橋宗桂「象戯造物」(1602年)から始まるが長手数と言っても100手を超す作品は創られることはなかった。1734年に看寿の兄である三代伊藤宗看が223手詰を発表した。その20年後、伊藤看寿はなんと611手という作品を創る。
一体何故、そんなに手数がかかるのか。その仕組みを簡単に解説する。
46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97成桂、
64角を軸に龍で玉を左辺に追っていく。このままでは9筋で捕まりそうだが、84香が守っている。97歩は打歩詰の禁手だ。
97成桂から両王手を用いて折り返していく。
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、37龍、18玉、19銀、
右辺に追い詰めるが、こちらは25香が守っている。
19歩と打てれば、同玉、28銀で詰むが、生憎14歩がいるので二歩の禁手だ。
惜しいが19銀と捨てて手をつなげるしかない。
同玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、
今度は持駒の歩を使って折り返すしかない。また右辺に追っていってなにか別の手段があるのか?
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、
37成銀がいなくなったので、16龍とすることができる。
18玉なら28銀と開き王手して簡単だ。
38玉、36龍、37桂、
玉方は37に桂合をしてくる。一体何故か。
36龍は25香にも当たっている。
単純に29玉と逃げたのでは、25龍と王手をしながら守りの要の25香をはずすことができるのだ。そこで玉方は龍を近づけるために37桂とせざるを得ないというわけだ。
「大駒は近づけて受けよ」である。
この37桂のような間駒を捨合という。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、
左辺の折り返しに1歩を費消するが……。
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37桂、
右辺で桂馬を入手することができる。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、
左辺の折り返しに1歩を費消するが……。
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37桂、
右辺で桂馬を入手することができる。
これを繰り返すと……。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、
攻方と玉方の持駒だけが変わっていく。
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37桂、
攻方の歩は桂馬に変わっていくという仕組みだ。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、
最後の歩だ。桂馬では折り返すことはできない。
右辺で何が起きるのか。
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37銀、
桂馬は4枚しか存在しない。(歩は二歩で打てない)
玉方は銀を投入してくるしかないのだ。
持駒に強力な銀が加わった。
この銀を左辺で折り返しに97銀を捨ててしまったら、延々と同じ手順の繰り返しになってしまう。(右辺で銀を入手、左辺で銀を消費)千日手だ。
97銀の前に新たな手段を繰り出す必要がある。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、77桂、
桂馬を使うチャンスはここしかない。他ではすぐに逃げられてしまう。
この瞬間ならば95玉には75龍で持駒に銀が残っているから攻めが続きそうだ。
96玉の方が難しいが……実はまだ詳しく読む必要はない。
なぜならば、ずっと後で読むことになるからだ。
同と引、75龍、96玉、97銀、
結局、銀は勿体ないが97銀と捨てるしかない。
しかし、77桂、同ととしたお陰で、このと金を入手することができる。
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37桂、
また見慣れた形に戻ってきたような気がする。
しかし、局面は着実に進んだ。
今までは持駒しか変わらなかったが、今度は78とという盤面の駒が消えた。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、
ということは、この手順を繰り返していけば……。
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37銀、
盤面のとを消すことができるというわけだ。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、77桂、
77に聞いていると金は3枚。
これで2枚目のと金が消えるはず。
同と寄、75龍、96玉、97銀、同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37桂、
持駒銀は歩に変わるが、桂馬に戻して……
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、
やがて
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37銀、
銀に戻せる。使っても減らない不思議な持駒だ。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、77桂、
これで最後のと金を消去できる。
このように77という同じ場所で玉方の駒を消していく手順を剥がしという。
同と、75龍、96玉、97銀、同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37桂、
もう少しで次の局面が見えてくる。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、
期待感が高まる。
同玉、77龍、96玉、97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37銀、
銀が入手できたら、そのときだ。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、77桂、
同とと獲る駒がない。これでようやくこの長い詰将棋も収束に向かったことがわかるだろう。
しかし、この玉はしぶとく、ここからまだ100手近く粘るのだ。
96玉、97銀、95玉、75龍、94玉、
玉方はいったん96玉として銀を手放させる。
75龍に間駒してははじめから95玉と逃げたのと同じで、86銀から間駒を入手して簡単だ。
86桂、同香、85龍、93玉、95龍、94桂、85桂、92玉、94龍、同銀、84桂、81玉、93桂打、71玉、72桂成、同玉、73桂成、61玉、51歩成、同龍、同金、同玉、52歩、41玉、
龍も切ってもう終わりが近いかと思いきや、93桂打?
91角成、同玉、92金で終わりではないかと思ったら、65角が効いていた。
隅に控えていた龍が動き出して、なんと飛車がまた持駒に戻ってきた。
51飛、32玉、31飛成、43玉、42龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、37桂、
なんと再び見慣れた光景が出現する粋な構成。しかし、今度こそ終局間近だ。なぜなら左辺に逃げ込むことは、もはやできないのだから。
同龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、43玉、53龍、32玉、42龍、21玉、31龍、12玉、
42金を精算してしまったので右上辺に逃げ込まれた。
ここまできて「最後にもうちょっと考えてください」とは!
24桂、同歩、13歩成、同玉、11龍、23玉、15桂、32玉、31龍、43玉、42龍、54玉、53龍、45玉、55龍、36玉、46龍、27玉、37龍、18玉、19歩、
12に間駒すると31角成となって逃げ道がなくなる。
するすると右下に戻ってくるが、今度は25香に24歩と紐がついてしまっているので16龍としても捨合は貰えない。(実は16龍以下の余詰がある)
そこで37龍と直に攻めるが31手目の局面と比べてみて貰いたい。
あのとき打てなかった19歩が今度は打てるのである。
572手かけて二歩を解消するという物語(narrative)がようやく完結する。
同玉、28銀、18玉、17龍、29玉、19龍、38玉、39龍 まで611手詰
成銀の消去、持駒歩を桂馬に変換、2往復でと金1枚を消去、最後に14歩を消去……と結局盤面を何往復したのか興味のある方は数えてみると良かろう。
現在でも長編のテーマである「いくつかの趣向サイクルでわずかな変化を得る」は伊藤看寿から始まったのである。
最後にひとつ自慢をさせていただく。
昔、何かの会合で出題された「「寿」の初形における玉方の持駒は?」という問題に正解をしたのは筆者である。
超長編についてもっと詳しく調べた方は次の情報にアクセスすると良いだろう。
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「詰将棋入門(4) 「寿」611手詰」への2件のフィードバック