詰棋書紹介(94.4) 特別懸賞出題[2] 結果発表<第4問>

詰棋書紹介(94)

【問題】
次の作品の狙いの一手を答えてください。

という出題をした。
「狙いの一手」は鑑賞者の主観によるので正解というものはない。

<第4問>

柏川悦夫 『新まりも集』第100番 近将1964.8

占魚亭 1三歩成
山路大輔 パス。知っている作品です。看寿賞を獲っていることを知りませんでした。
オオサキ これは知ってました。看寿の馬捨てを回避する13歩成。

これは全員正解ですね。(正解はないといっておきながら……)
狙いの一手は

変化伏線の13手目13歩成

です。

それでは初見の方のために詳解しよう。

序は静かに始まる。

32飛成、12玉、21銀、13玉、14歩、24玉、

ここで14歩と1回動かしているのが細かい演出。
「すでにこの歩の活用は済んだ」と解答者の頭に刷り込んでおく。

36桂、同飛、34龍、同飛、25歩、23玉、

手順を調べてみてもここしかチャンスがない。
そして見落としそうな平凡な一手である。
さらに玉の近傍に強力な守備駒である馬を呼び込む手に見える。

13歩成、

これが狙いの一手だ。

   同馬、32角、同飛、同銀不成、34玉、

この局面で32銀が邪魔駒になっているのがうまい。
綺麗に銀を捨てる。

23銀不成、同歩、32飛、33角、同飛成、同桂、

23銀に同玉は、33飛、同桂、同と、24桂だ。
この局面、持駒が角以外だったら、何でも詰む。
そこで角を何か別の駒に交換してくれと強請む。

56角、45歩、同角、同桂、35歩、同馬、33銀成 まで31手詰

桂合は26桂迄で早いので歩合。
35を塞いで33銀成まで。

さて、このように作意を並べただけで「13歩成」が狙いの一手だと見破った人は詰将棋の達人だ。

この手の意味を理解するには作者の想定した【失敗図】まで辿り着かなければならない。

13手目13歩成を省略して、手を進めてみよう。

13手目より
32角、同飛、同銀不成、34玉、23銀不成、同歩、

同玉の変化はあとから13歩成をいれればよいので作意同様に手は進む。

32飛、33角、同飛成、同桂、78角、

67馬が居るので56角とは打てない。
しかし、角を何か別の駒と交換するのが目的なのだから78角と打てば良い。
67や56に合駒しても同角、同馬、35合(または26桂)まで。
結局は歩合の利く45歩となり、同角、同桂、35歩、同馬、33銀成まで。

あれ?詰んでしまう。
そこで13手目に13歩成という手があることに気づいていた人までも、
「13歩成は迂回手順か?」
と考えてわざわざ13歩成、同馬、の2手を消してしまった人もいるだろう。

誤解者は5割を超えたという。

実はここで妙防手がある。

67馬、
【失敗図】

これで以下、不詰。
同角、54歩合でもう角を別の駒にする手段がない。

13歩成はこの局面を避けるための手であったわけだ。

最初に戻るが「狙いの一手」に正解はないと書いたが、本作に関しては自信があるのは『近代将棋図式精選』や『看寿賞作品集』で森田正司さんや柳田明さんがそのように解説していて、それを勉強してきたからなのだが、もう一つある。

それは54歩と65歩の配置だ。

詰将棋を作意を表現することだけが目的と狭義に捉えている人にはこの2枚は不要駒である。
この2枚を省いた図でもまったく同じ作意が成立する。
ただし13歩成はただの伏線になる。

この2枚は【失敗図】をつくるための配置で、この配置により13歩成が変化伏線とよばれる手になるのだ。

[総評]
オオサキ 詰将棋を解くのは嫌いというか苦手というか、ですが鑑賞力を問われるのは斬新で面白かったです。

またネタがたまったら、このような出題をしてみたいです。


余談1

【失敗図】の67馬(56馬でもよい)は35歩をとる馬を捨ててしまう強硬手段だ。
詰将棋入門(76)を読まれた方は思い出されたことであろう。
普通に考えたらこの図巧#20をそのまま再現しようとしたら劣化版にしかならない。
そこで柏川悦夫はこの妙防手を紛れに隠してしまったというわけだ。

本歌取りとかオマージュというのはこのような作り方のことを言うのだろうか。

余談2

<問2>も<問4>に劣らぬ傑作と思っている。
しかし<問4>は塚田賞を受賞し、看寿賞も獲ったのに対し、<問2>は誤解者6割を超しているのにその月の大学出題3作の中では点数で最下位。
この結果はどのように考えたらよいのだろうか。

余談3

この出題はもともと『詰』という作品集の造りが作意だけで解説がない、筆者は細かい変化・紛れはいらないが解説は必要だと考えているのだが、その実証実験になるかと思い、発作的に出題形式にした物だ。

いかがだろう。

最近は、ソフトで解いた解答でもOKと明示してある解答募集も増えてきた。
それはそれでかまわないのだが、そのことが作意を並べるだけで誰にでも理解できる作品の進化圧を高め、本作のような理解しにくい作品の絶滅を促すものだとしたら心配である。

ソフトに関しては創作支援の面でもより一層の進化を期待するものだが、それよりも鑑賞支援の面の進化が急務だと思うのだがいかがだろうか。

余談4

詰パラ大学院の担当をしていたことがあるが、作家の方々の中には投稿図に「狙いはこれこれだ」とあまり書いてくださらない方が居る。(複数形)
「ちゃんと俺の作品を解説する力があるか?」
と試されているのだと思う。
幸い担当中はたくさんの投稿をいただけたので、オイラの解説に及第点をもらえていたのだとおもっているが本当のところはどうだったのだろう。

そろそろあの頃の作品が作品集に纏まって、読んでみたら
「大学院に発表したときはこのように解説されたが、トンチンカンな内容で作者の想いはこれこれである」
なんて書かれていてアチャーとなるかもしれない。
(まもなくウマノコさんと添川さんの作品集がでるのでドキドキだ)
(『夢のあと』はオイラの解説がそのまま採用されているので安心した)
(でももうちょっと巧く書けよと自分にがっかりした)

余談5

弊社では、詰将棋作品は解説があってはじめて本になると考えている。(ゆえに印税も50:50)
角ブックスの角さんは作家として「自分が読みたい本を作る」という信念を持っているので、解説には作者の息づかいを要求する。何を考えてこの作品を作ったのか。
弊社が解説に要求するのは鑑賞の手掛かりである。極端な場合、作者の意図と違っていてもかまわない。読者が「そうかなぁ」と感じてもかまわない。読者が「自分はここが良いと思う」と鑑賞するきっかけを与えたことになるからだ。詰将棋に対する愛情はほしいですが。
(解説を書いてみたいという方、ご連絡をお待ちしています)


追記

「詰棋書紹介(94.4) 特別懸賞出題[2] 結果発表<第4問>」への1件のフィードバック

  1. 余談2の余談
    大学担当者‐山田修司の結果塙の文章量は、
    小差とはいえ最下位の本作に八段を費やし、
    他の2作は三段と六段であったのが印象的。
    <問4>より<問2>の方が好きな私です。

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