「詰将棋雑談」タグアーカイブ

詰将棋雑談(88) 名言集(4)

プラトン 話というものは、すべてどのような話でも、ちょうど一つの生きもののように、それ自身で独立に自分の身体を持ったものとして組み立てられていなければならない。したがって、頭が欠けていてもいけないし、足がかけていてもいけない。ちゃんと真ん中も端もあって、それらがお互いどうし、また全体との関係において、ぴったりと適合して書かれていなければならない。(『パイドロス』)
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詰将棋雑談(86) 詰パラには「合」があった

話を一番最初から書くと、あるゲラに某氏が次のように赤を入れたのだ。

某氏はつい最近まで詰パラの担当を務めてきた現役バリバリの方なので間駒には「合」と注釈を入れる気が満々のようだ。
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詰将棋雑談(85) 誤解者多数

詰将棋つくってみたの課題24が罠のある詰将棋ということで、ちょっと雑談をしよう。

まず誤解者が解答発表をみての反応には大きく二通りあると思われる。

  • おぉ! そうだったのか。やられたぁ。これは素晴らしい!
  • あれ? ちゃんと詰ましたのになんで誤解なんだヨ!

作家は当然ながら上の反応をめざした創作をしなくてはならない。

下の反応は変別がらみででてくる誤解だ。これは避けられない場合もあるが……。

筆者は昔、誤解狙いで「変化曲詰」という創作を試みたことがある。
つまり一見曲詰なのだが、実は捨合をすると長くなり駒は余らないが曲詰にはならない。
想定される読者の反応は次のようなものだろう。

あれ?ここで間駒すると手数かかるみたいだけれど、まぁ曲詰が作意だよね。
(解答発表をみて)
なに?俺が誤解だって。
気を遣って曲詰になるように解答してやったのに、なんて仕打ちだ。
もうこの作者のアンチになってやる。

投稿は見合わせました。わざわざ評判を落としては作品を発表する意味がない。

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詰将棋雑談(84) 先駆者と後発者

後発作家の悲哀

某氏の帽子 詰パラ1995.5

味の良い初手。39間駒の変化に対処した不成での角の最遠移動そしてスイッチバック。目的は28桂の邪魔駒消去で最短の収束。その桂馬も2手目37玉の変化で働いており完璧な短編だ。

しかし結果発表で次の先行作があることを指摘される。

河内繁夫 将棋世界1969.12

新鮮な不成作品を追求した作家、浮寝鳥の(本名で発表された)作品だ。
この作品は短編名作選にも選ばれていたので筆者は知っていた。しかし某氏の帽子氏は筆者より約10年若い作家。まったく知らずに上記の作品を創作し、発表したのだった。

自作集で次のように書いている。

チェスプロブレムの用語を拝借すると「不成の角によるスイッチバック」ということになろうか。変化では邪魔駒の桂も働いているので悪くないと思っていたが、発表時に類作指摘を受けた。こういうのは如何ともし難く、後発の悲哀を感じるよりない。

この文章を読んで共感を覚えた方も多いだろう。

昨日だって今日だっているはずだ。
苦心惨憺して仕上げた作品を発表したら、ベテラン解答者から「先行作あり」と指摘されて涙を呑んだ新人作家が。

先日も「伊藤看寿の時代だったら、未開の地があちこちにあって羨ましいな」といった趣旨の発言を読んだ。筆者もフェアリーに進む方は未開の荒野を開拓するのが楽しくてしかたない方達なのだろうと想像していたこともある。
自らの力で領土を切り取り増やすことが倫理的にも許されていた時代を羨ましいと思う権力者は今でもいるに違いない。(アノ国にもコノ国にも)

だが最近、あれ?と思うことが増えてきた。
先駆者と後発者って普通は先駆者の方が苦労するんじゃないのか?
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詰将棋雑談(81) 名言集(3)

田島享央己—ズバッと言うと芸は90%才能です。達者な人は最初から上手い。下手な人はどうやったって下手です。しかし、「魅力」は稽古で鍛えられ、それで上手な人を容易に打ち負かすことが出来るのです。これが正解の無い芸の世界の醍醐味です。
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詰将棋雑談(79) 二枚詰と清涼詰

昨日のエントリーで清涼詰という用語を用いた。
詰上り攻方駒2枚という趣向の作品のことだ。

このブログで用いている趣向詰の用語は詰将棋研究会『趣向詰将棋名作選』(1980)所載の森田銀杏「趣向詰将棋の分類」に寄っている。(森田銀杏とは森田正司氏の雅号)

「趣向詰将棋の分類」には詰上り攻方駒2枚の趣向は二枚詰とされている。
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